肉体とアイドル(またはジャニーズ初現場についての話)

最近の日課は『ぁまのじゃく』を踊るHey!Say!7を脳内に描きながら出勤すること。 

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斯様に節操というものを持ち合わせていない類のファンによるブログです(いつか来たるべき7コンへのシミュレーションの一環)。

 

2017年12月8日京セラドーム、初めてジャニーズの現場すなわち戦場に馳せ参じました。その名も『Hey!Say!JUMP I/Oth Anniversary Tour 2017-2018』。

 

わたしは、自分がその戦いに勝利したのか、あるいは敗北したのか、それともそのどちらでもなかったのか、それすらもわからないのです。

中島裕翔りんの身体性――裕翔りんが人間の肉体を所持しているのだという気づきは、わたしの意識を混濁させるのに充分すぎるほど瞠目すべき事実でした。

 

裕翔りんのことは、あらゆる美しい事物の結晶として、慕わしくお見上げしてきました。広義の天使とも狭義の天使とも、あるいはやんごとなき御身分のおかた、おとぎ話の妖精さん、うつろいゆく四季、まばゆい宝石。

とくに裕翔りんというアイドルの鑑賞法を宗教画の構造と重ねあわせる習性が身についてしまってからというもの、我ながらどうしようもないと呆れかえるほどには始末に負えません。中島裕翔というひとりの人間を神さまだと仮定するならば、アイドルとしての裕翔りんは聖典(聖書)であり、そしてさまざまなメディアを介してわたしたちの目に届く裕翔りんは、すなわち聖典の世界が描かれた宗教画なのです(宗教音楽や宗教文学といったものも該当するでしょうが、学が及んでいないゆえ悪しからず)。

宗教的信仰心のまるでないわたしは、わたしが愛しているものは中島裕翔という人間そのものではなく、裕翔りんのアイドルとしての在り方でもなく、ただただ裕翔りんというアイドルを写しとったイコン(聖像)にすぎないのだと、その二重のフィルターを常に意識しているつもりです。イコンはときに神さまそのもののように感じられることもあります(得てしてそれが宗教画家の主目的なのです)から、ついついその境界を踏んでしまいがちなことはどうか大目に見ていただきたいのですが(いけしゃあしゃあと!)。それでも努めて身をわきまえ、裕翔りんのイコンへのみ賛辞を捧げて参りました。

だからこそ、納税義務として支払い続けることになんの憤りもなかったファンクラブ会費が突如として幸運を呼び寄せたとき、わたしは大きなよろこびのあと、しんしんと冷たい不安におそわれました。コンサートとは、つまりメディアを媒介としない生身のアイドルの目撃、すなわち聖典との出あいであろうと考えたからです。はじめてじかに聖典にふれたとき、わたしは新たな境地(たとえば、聖典への信仰)にめざめてしまうのか、あるいはもっと悪いことに、裕翔りんへの祈りを失ってしまうこともあるかもしれないのですから。 

何を隠そうこのわたくし、ジャニーズを好きになってから今回初めてのコンサートに赴くまで、まるまる3年もかかっているのです。3年!3年もあれば、スマイレージアンジュルムになるし、なにきんは解体するし、こぶしファクトリーつばきファクトリーカントリー・ガールズはデビューするし、Berryz工房は解散するし、SMAPは解散するし、°C-uteは解散するし、カントリー・ガールズは解体しかけるし、Jrは星の数ほど入所するし、マリウス葉さんはタケノコのように背が伸びるし、ジャニーズは誰もデビューしないし(!)、とにかく世紀末めいたアイドル界に怯えるあまり3年も引きこもっていたこじらせ野郎にとって、未知とは畏怖であり、変化とは恐怖なのです。

 わたしはいまとなっては笑えるほど筋違いな努力でありましたが、ともかくそれらに打ち勝つべくコンサートに備えました。例によって「愛するものに相応しい女であらねばならない」というオタクの掟にしたがい、目一杯の武装をしてその日に臨みました。取り敢えず安物の双眼鏡を購入しておき、お気に入りのネックレスにシャネルの口紅を纏い、前日のプレ販売で購入していたペンライトとうちわをずだ袋でカモフラージュしました。わたしはわたしの行いうるかぎりの最善を尽くし、気が遠くなるような数のオタクどもに呑まれ、狭苦しい座席にキソクタダシクきっちりと詰め込まれました。もっともそんな急ごしらえの装備など、生身のアイドルを前にしてはむなしいことに過ぎませんでしたが。

 

あまり性能の良くない双眼鏡で目的のかれを捉えたとき、わたしはたちまち知ってしまったのです。裕翔りんに肉体があることを、その肉体が生命を宿しているのだということを。否応無くその眼前の事実を、いままでずっと見て見ぬふりをしてきたその不可逆の事実を、理解させられてしまったのです。裕翔りんは、生きていました。24歳の男性がそこに在りました。聖典(神の神たる所以を述べたもの)を読むつもりで臨んだ場で、思いがけなく出あってしまった身体性へのショックゆえか、それとももともとの意識薄弱のせいか、どうもコンサートの記憶があいまいすぎていて、たった2日前のできごととは思えないほどです。

その霞のような時空間を内在化しようと矮小な頭を捻り、どうにか浮かびあがった最良の解は、「なるほどコンサートとはすなわち聖体拝領のための場ではないか。」という、良い歳をした大人の結論にしては、ほとんど悪ふざけのような厚顔無恥の思いつきでした。聖体拝領というのはキリスト教のミサで行われる儀式であり、贖い主イエス=キリストの肉たるパンと、血たるワインを信徒が口にすることによって、彼の犠牲と栄光に感謝するというものです(かつてほんのちょっと齧っただけの知識を漫然と披露)。

正しくキリスト教の信徒であられるかたにとっては噴飯もののこじつけで恐縮ですが、わたしがHey!Say!JUMPのコンサートにおいて行っていたこととは、まさしくこの聖体拝領ではありませんか!歌い、踊り、ドラムを叩き、ファンサをし、メンバーとじゃれ合い、惜しみなく笑顔をふりまく裕翔りんを、野鳥の会ごっこで追いかけ回すことは、裕翔りんの肉体を食らうことと同等です。そしてその行為によって、わたしは中島裕翔りんというアイドルの秘跡を与えられ、その輝きと翳りを尊び、また同時に、アイドルオタクの罪悪をあらためて心に刻むのです。贖い主たるアイドルがその肉体と生命を尽くして信徒たるオタクどもの罪を赦し、それぞれの人生を祝福してくれていることに感謝する儀式、それこそがアイドルのコンサートの本質であったのです。

さて、聖体拝領という儀式と、宗教画の鑑賞のあいだには、一見大きな隔たりがあるように思われますが、少なくともわたしの中ではそれら両者がむしろ同質なものであると、横暴にも結論づけないではいられません。繰り返すとわたしは信仰心がかけらもないためにこのようなことが言えるのですが、アイドルにとっては肉体もまたメディアにちがいないのです。肉体=聖体を媒介とした裕翔りんのイコンを目撃するという意味で、コンサートも茶の間活動もたいした差異はなく(むろん現場がオタクにとって特別な意義を持っていることは否定できませんが)、すべては引きこもりの茶の間がムクムクと膨らませていた誇大妄想にすぎませんでした。なぜなら、裕翔りんの肉体はほとばしるほど鮮烈に、くるおしいほど静謐に、このうえなく美しかったからです。裕翔りんの肉体は、わたしが自宅に居ながらにして幾度も出あってきた裕翔りんのままに、高雅で、清廉で、可憐で、崇高でありました。裕翔りんはその美しさをもってして、欲望ひしめくオタクどもの合間をなんども愛らしく軽やかに通り過ぎました。

ですから、これほどショッキングな3時間を経て、裕翔りんの身体性を認めてなお、わたしはいままでと同じ祈りをこれからも繰り返すことができます。それは(去年のお誕生日のブログで変化を予告したのにもかかわらず)、裕翔りんのことを好きになったときからずっと変わらない祈りです。裕翔りんがますます美しく、慕わしくなりなさることを、より多くの人からの愛を得、より深い優しさに満たされることを。神さまでもなく聖典でもなく、肉体を含めたあらゆるメディアに表出する裕翔りんの御姿、そのものに祈ります。

 

――まったく我ながら論理が破綻しているどころか、一体なにを意図して言おうとしているのか見失っているこの恥知らずぶり、ともかく正気でないことだけは確かなようですが。そのわけもわからぬ乱痴気騒ぎがまた倒錯的に楽しいので、結局のところ、わたしもジャニーズ現場の魔力に取り憑かれてしまった、それだけのことなのです。高みの見物を決め込んでいた茶の間が、事実と結論を繋ぐだけの長大な屁理屈をこねて、気の遠くなるような数のオタクどもの一員として迎え入れられるべき準備を整えた、ただそれだけのことだったのです。ようするに「ぶっちゃけ有頂天な日々送ってる」し、「時が経っても決して忘れないようにこの瞳でスクリーンショットしたい」し、しまいには「君にやっとたどり着いたスウィートアンサー(吐息多め)」というわけです。

あとは、これがきわめて困難な課題であるのですが、何度コンサートを見に行っても、かれのイコンをかれ自身だと見誤らないよう、オタクとしての研鑽を積まなければなりません。いやあるいはその前に、当選を呼び寄せるオタクとしての強運を身につけるべきなのでしょうか。オタク道とは果てなくままならぬものです。

絵画とアイドル1

エドゥアール・マネ《街の歌い手》に会いに行った。

わたしはお気に入りの秋色のネイルをして、いつもの三倍は念入りに化粧をして、グリーンとイエローのチェック柄の一張羅ワンピースを着た。
ジャニヲタは、自担に見られるためでなく、自担に相応しい女であるためにめかしこむのだという。とはいえ恥ずかしながらわたしはジャニーズ現場処女なのであるが、然もありなん。好きな絵画作品に会いに行くときは、うんとおしゃれをする。むろん、靴は歩きやすいもので。

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この画像を見ただけで、この作品が特別なものだと思う人は多くないだろう。あるいは、取り立てて優れた点のない地味な作品だと評すだろう。斯く言うわたしも、彼女のことを殊更に好きだとも思わなかった。マネはわたしにとって最も特別な画家だが、すべてのマネの作品がわたしにとって特別というわけではないし、彼女はマネの作品のなかでもとりわけ優れているというわけではない。それでも、『パリジェンヌ展』などという甘ったるくこっぱずかしい名の展覧会にわざわざ脚を運ぶだけの価値はあると確信してはいたのだが。

ビルの2フロアに渡る会場の、上の階にたどり着いてすぐに、彼女はすらりとあらわれた。
ああ、そのときのわたしの気持ちを、誰しもが理解すべきだとは到底思わない。それはおおよそ、迷妄といっていい。あるいはまるで恋だ。これはマネの作品を評するのに全く似つかわしくない寒々しい麗句にすぎないのだが、荘厳な宗教画を目にしたかのように彼女の前へ跪きそうになるのを、わたしはぐっと堪えなければならなかった。彼女があらわれたその衝撃に、ほのかな好意はすっかり塗り替えられてしまった。強い、強い情動が、わたしの穏やかな慕情をすっかり打ちのめしてしまった。
色選びのなんと都会的でしゃれたこと。レンガ色の壁に深い緑の扉、そこへ浮かび上がるグレーの素材違いのスカートとコート、覗く白のパニエとクリーム色の包み紙を差し色に、帽子とギターの鮮やかな黒が引き締める。グレーのコートにするすると何気なく引かれた黒の縁取りの、あまりに見事で清かなことよ!マネの作品に頻出するこのモデルの女性、ただでさえ黒目がちでどこか空ろな顔だちであるうえに、口元を艶やかなぶどうが覆い隠して、ますます意思を明らかにしない。怜悧な気位の高さ、憐れみ深い冷淡さ、高貴さと嘆息、心彷徨う憂い、あらゆる情感を内包し同時に拒絶しながら、視線を寄越す(しかし、決してこちらを見ない)。
こんなにも一枚の絵画から離れ難いと思ったことは、パリでマネの《オランピア》を見たとき以来だった。何度も行きつ戻りつしては、彼女のすみずみまで見逃すまいと目を凝らした。大学を出てからというもの、展覧会に通うのすら億劫になってしまったただの社会の歯車にも、こんな初々しい情緒が残っていたのかと驚くばかり。仮に彼女の前にソファが置いてあって、わたしが貧乏な日帰り旅人ではなかったならば、きっと一日中そこにいられただろうなんてくだらないロマンチシズムを爆発させてしまうほどに、彼女を愛してしまったのである。

交通費だけでも一万円弱。どうして大金を払ってまで本物を見る必要があるのかと、問う人がいるかもしれない。確かに、わたしは美しい正確な写真による画集を持っている。インターネットを除けば、肉眼で見るよりはるかに鮮明に作品の細部を観察することができる。……ほざけ!アイドルファンにとっては、尚更自明のことである。ドームの天井からは自担が米粒ほどにしか見えなくとも、DVDやBlu-rayでは得られないものがそこにあると知っているから、我々はチケット当落に騒ぎ立て、高額転売が蔓延るのだ。
どんなに遠くあこがれ、慕わしく思っていても、結局は本物を見つめてみなければ、それは無知と同然なのだ。だからわたしは、アイドルを好きになって数年は経つというのに、未だアイドルヲタクと名乗るに足らないファンのままである。ああ、相応しい女にならねば。即物的に着飾って自己満足するばかりでなく、わたしの愛するアイドルと絵画を見つめるのに、相応しい女にならねば。
 

ところで、後ろ髪を引かれつつ彼女と別れたわたしは次の目的地を目指した。アルベルト・ジャコメッティの展覧会が素晴らしいという話を聞いていたので、さらにそれが現代において最も美しい建築を設計する谷口吉生のハコでやるというのだから、なおさら訪れないわけにはいかない。さらに片道一時間ほどかけて、険しい坂を登りその美しい美術館に辿り着いたわたしは、文字通り、絶句した。
……ジャコメッティ展は一週間後から!

コツコツ研鑽を、積まなければならない、ならない。

24歳(なお、人間として)

中島裕翔りん、24歳のお誕生日おめでとうございます。
 
23歳のあなたもこれ以上ないほど美しくいらっしゃったのに、ますます日毎に美しくなりなさる裕翔りん。
裕翔りんにお会いして感謝の意を表すこともできぬ、無力な茶の間おたくのわたくしですので、裕翔りんにお似合いになると思う絵画作品をいくつか紹介することで、祝福を捧げることといたします。
 
 
フラ・アンジェリコ《受胎告知》

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なんと静謐で緊密な、美しい作品なのでしょう。大天使ガブリエルが聖母マリア処女懐胎を告げる、たいへんドラマチックな場面が、このうえなく優美に、それでいてこのうえなく気品に満ちたさまに描かれています。ふたりの居る空間は素朴で飾り気がないのですが、それなのにきわめて高貴かつ神聖な画面として完成されており、信仰もないのに思わず祈りを捧げたくなってしまうほどです。この均整の取れた、このうえなく繊細で上品な美しさを、裕翔りんと重ねることがあります。
 
 
ラファエロ・サンティ《大天使ミカエルと竜》
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大天使ミカエルが、竜=悪魔を打ち倒す場面を描いたものです。毅然とした表情で、それでいてどこか哀れむように禍々しい悪魔を見下ろす天使。決然として悪魔を踏みつけるさまの、容赦のないまでの正しさ。おぞましい情景のなかで、神のために剣を振るう、天使の立ち居の軽やかさといったら。裕翔りんの一貫した正義感もかくや、と考えるのです。
 
 
バーネット・ニューマン《ウリエル
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大天使ウリエルを主題に描かれた作品。ペール・ブルーの画面に、やわらかなこげ茶色が影を落とします。とても静かで、穏やかな色面です。快晴の空ほどには明るすぎず、曇り空ほどには濁らない、幸福にも悲哀にも染まらない光があります。裕翔りんの抱く水色のイメージを想起させます。『明日へのYELL』のすばらしいお衣装もこのような色合わせでありました。大天使ウリエルは天使から人間になったとされますから、裕翔りんにぴったりの作品です。
 
 
あら。お気づきになられましたでしょうか。
そうです、わたしが申し上げたいのは、裕翔りんはまるで天使のようだということなのです。
わたしは裕翔りんのファンの多くがそうするように、しばしば、裕翔りんのことを天使に喩えることがあります。でもそれは、裕翔りんが天使のように愛らしいから、という理由によってのみ言うものではなく、聖書に出てくる天使のすがたにとても似ていると感じるからなのです(もちろん言うまでもなく、裕翔りんは宇宙でいちばん愛らしいのですが)。
これらの絵画を見つめながら、裕翔りんの天使性に思いを馳せるいまこのとき、わたしは裕翔りんを祝福しているはずが、逆に裕翔りんに祝福されているかのようで、このうえなく幸福であります。
どうか24歳のあなたも美しく健やかでありますよう。わたしは祈ります。

 

死とアイドル

月曜日

私は帰宅するなりグースカと眠った。別段疲れていたわけでもないのだがたまらなく眠たかった。携帯の着信音で目が覚めた。午後9時。母は静かに、母方の祖母が亡くなったと告げた。寝ぼけた頭で「あら、そうなんだ」と返した。私は喪服を持っていないから、スーツで代用するという話をした。
電話を切り、手癖でツイッターを開いた。荒れていた。ハロー!プロジェクトの新体制についての動画が上がっていた。すぐに見た。カントリー・ガールズが本当に解体されてしまうのだという事実も、Juice=Juiceがオリジナルメンバーでなくなる衝撃も、森戸さんと譜久村さんの繊細な緊張感も。なにもかものやるせなさに唖然とした。アンジュルムのファンをやっている自分としては、あいあいを元のメンバーのままで待っていられないことが口惜しかった。それでもあやちょの神々しさすらある慈愛に包まれて、絶望はしなかった。衝動的な物言いを制御できる程度にはハローとの距離があった。
寝ぼけていたとはいえ、母に「あら、そうなんだ」などと言ってしまったことを後悔し始めていた。スマホで喪服について検索し、やはり新しく購入することにした。値段の相場を調べて顔が青ざめた。
 
火曜日
仕事終わりに汗だくで百貨店へ駆け込む。催事場でバーゲンをやっているとのことだったが、午後6時で終了していた。二軒目で勇気を振り絞りフォーマルウェアの売り場に入る。破滅的なコミュ障ゆえひとりで買い物をするのが本当に本当に苦手だ。増して喪服の良し悪しなど到底わからぬ。二着ぽっちを試着し、高い方は細すぎてパツパツだったので、6万ほどのアンサンブルと1万のバッグを購入。6万!この真っ黒なだけの服に6万!ボーナスが近くて助かった。店員と話すのもしどろもどろに、そそくさと帰宅。桃子さんのラストコンサートのライブビューイングにけないかもしれない、ということにやっと思い至る。
 
水曜日
テレ東音楽祭のためそそくさと帰宅。堂本の剛さんが一週間入院というニュースのほかは、極めて平和的に進行された。大型音楽番組になると、やはりベテラン勢の強みが光る。V6おじさんたちの容赦のないカッコよさに殴られた。SMAP解散後の世界で、中年アイドルたちはいったいどこへゴールを目指すのだろう。男性アイドルの終末のモデルケースを誰が作るのだろう。ジャニーズファン目下の懸念事案が改めて過る。
 
木曜日
どうやら桃子さんのライブビューイングに行くことができるだろうという見通しが立つ。ハロステを見るなどして、駆け込みで研鑽を積むつもりであったがたちまち寝落ちする。
 
金曜日
時間休を取得している私に先輩が「今からおばあちゃん家に行くの?」と心配してくださったが、「いいえ、ももちのライブを見てきます」と宣言してそそくさと職場を出る。
桃子さんのラストコンサートは完璧だった。無論、アイドルというのは完璧なだけが美しいものではない。誰もが承知している。それでも桃子さんは完璧を目指し、そして見事なまでに達成した。それを可能にしたのは桃子さん自身の輝かしく逞ましい、ダイヤモンドの如き意志であることは言うまでもないが、カントリー・ガールズのメンバーたちの献身ぶりは見事であった。カントリー・ガールズという場の愛と幸福の純度が高すぎてくらくらした。なんとなく勝手に、ももちイズムという言葉が独り歩きしているように感じていたが決してそうではない。カントリー・ガールズで、桃子さんの慈愛を受けて育った者にしか宿せない精神がたしかに彼女たちのなかに遺っていた。
ターミネーター2のラストシーンを思わせる幕引きで、自らの小指を折ることによって、桃子さんはアイドル嗣永桃子をまさに葬り去った。おしなべてアイドルのラストコンサートというものは葬列と同義であるが、桃子さんの最期はそれをいっそう強く印象付けた。ひとりの偉大なアイドルが死んだ。
私はといえば救いようがないことに、アイドルの世界に対して余所者で居なければならないという決意をさらに固くしていた。救いようがないほど臆病な人間なのだ。心を尽くして愛したアイドルがいつか死んでしまったときのことを想像すると、それだけで張り裂けそうに痛いのだ。それならば初めから好きになりすぎないほうが良いのだ。私はその方法を知っている。
 
土曜日
祖母の葬儀に出た。通夜も省略した、近しい親族だけの葬儀だった。本当に唐突な死だった。一人暮らしで家のことは全部自分でやっていた。誰よりも元気で足腰が強く、80を超えてもグアムでスキューバダイビングをするなどの破天荒ぶり。とびきり明るく矍鑠としていて、大雑把かつ几帳面だった。料理がとびきり上手で、どんなものも自己流においしく作ってくれた。合唱、ピアノ、茶道、華道、書道となんでも並大抵でない腕前だった。
たっぷりの花で飾られた祭壇を見て、なぜだかSMAPの最期の光景を重ねてしまう。SMAPの死は私たちアイドルファンに絶望をもたらした。しかしSMAPが死んでも、彼らの与えてくれたものが虚無になるわけではないということを、今となっては無条件に信じている。死の結末によって人生の価値を定めてはならない、という考えを心にうかべた。自宅で倒れているのを発見された祖母は実際のところ孤独死であったわけだが、だからといって祖母の人生を哀れなものだなんて言えるはずもない。祖母は幸福であった。だから私は必要以上に悲しむことはしなかった。ただ、祖母は苦しんだのだろうかと思うと涙が流れた。
従姉が自宅からハムスターを連れてきていた。あまりにかわいく愛おしいので飼いたいと思ったが、きっと飼うことはない。つくづく救いようがない。
 
日曜日
形見分けをした。仕立の良い着物類は全て並べるとまるで呉服店のようであったし、何度も賞を受けた緻密な書作品は装丁からこだわって美しいものばかりで、祖母の心豊かな生活ぶりに圧倒されるばかりだった。そしてそれらの品はもちろんのこと、食器やインテリアや果ては食べかけの食品の類に関してまで、なんでも競りにかけられ分配された。孫の中では祖母と最も疎遠であった私はその光景をぼうやり見ていたが、母の勧めで帯を一本(着物は背丈が合わなかった)、イヤリングを二組、シャネルのNo.5の小さな瓶、数珠などを得た。私以外の誰もが祖母の遺品をそばに置いておきたがった。それはひとえに祖母の人徳ゆえだった。
それでも、どうにもならないこともある。一人暮らしの祖母が亡くなったということは、祖母の家に暮らす人がいなくなったということだ。家をどうするか未だ決まっていないが、いずれにせよ取り壊さなければならないことは確実だった。実家をなくした母や、誰よりも祖母と近しくしていた兄の、茫然とした表情を見た。ただ物質的な家がなくなるということだけでなく、関東と中部と近畿と中国と、離れて暮らす親類たちの集まる空間と口実が、すっかり失われてしまうのである。
カントリー・ガールズの解体のことを想う。アイドル嗣永桃子の死とともに、カントリー・ガールズはほとんど決定的に失われてしまった。それも仕方なしにというわけでなく、大きな力の干渉によって無理に奪われてしまったのである。ひたむきな少女たちにとってなんと残酷な仕打ちだろう。どこへ居ても何年経っても、彼女たち5人にとって還るべき家はたったひとつだけだというのに。完璧な桃子さんの唯一にして最大の誤算であった。
帰阪し、ずっと心待ちにしていた関西ジャニーズJrのラジオを聴いた。大晴くんと晴太郎の初ラジオ。2人と道枝くんの会話はあまりに若くて、痛々しいほどにまぶしかった。でもそのきらめきだけでアイドルは生きてゆけないのだと、彼ら自身も知っている。関西ジャニーズJrは常に死を意識せざるをえない集団だ。こうして彼らの与える幸福に浸っている間にも、自分がいかに死ぬかということを考えている子が居るのだろう。
結局のところどんな屁理屈をこねたって、死に際が全てではないと悟っていたって、誰もがきっとすべて綺麗に死にたいと願っている。どうしようもなく。無謀に。願っているのに、それを完遂できるアイドルは、人間は、きっと宇宙のどこにも見当たらない。

拝啓、自担様(4) 溢れる涙は紙一重

拝啓、中島裕翔様。

 

さようなら、さようなら!

22歳のあなたがどんなに美しかったか、わたしはきっと生涯忘れ得ないでしょう。

 

(欠落している(3)については、どうかお察しください。)

 

あなたのことは、ジャニーズの世界に足を踏み入れて間もなく好きになりました。

両A面シングルだった『ウィークエンダー』と『明日へのYELL』が披露されたテレビ番組を見て、前者の良曲っぷりにすっかり虜になりヘビロテ、あまりの幼さにデビュー当時は嫌悪感すら抱いていた(とはいえ完全に同年代なのですが)Hey!Say!JUMPの成長っぷりに驚いて、メンバー全員の顔と名前を一致させるのに時間はかかりませんでした。

そして後者の曲で背の高い金髪の、ジャニーズらしからぬ垢抜けた青年がセンターにいるのを見て、なるほどこういう今っぽい軽めの洒落っ気のある子が推される時代なのかと感心した、その彼こそあなた、中島裕翔りんでした。やがて見かけたファンブログであなたが経てきた紆余曲折を知り、漏れなく胸を打たれました。そして、今どきの若者に見えたあなたがとても真面目で古風な性格で、とても育ちが良く上品で、普段は高雅な黒髪であることも知りました。物語性をふんだんに含んだアイドル楽曲に目がなく、そしてすこし浮世離れしたハンサムが大好物なわたしは、たちまち裕翔りんのことを好きになりました。

それからおおよそ半年、ジャニーズWESTを追いながらも、共演の機会も多かったHey!Say!JUMPと裕翔りんのことは常に気にかけ、応援していました。けれども、一番の推し、担当にしようなどという気持ちはまったくありませんでした。わたしのような根性のひねくれた人間の場合、裕翔りんのようなまっすぐ無条件に美しい王道アイドルのことを純粋な心持ちで愛でることはできないだろうと感じていたからで、裕翔りんの担当になること自体に憧れすら抱いていたその心境を「来世で自担にしたい」などという意味不明な言葉で表明するなどしていました。

 

けれども結果的に、わたしはとても来世まで待つことなんてできませんでした。

2015年の夏、Hey!Say!JUMPはV6とともに24時間テレビのメインパーソナリティーとなり、メンバーがとっかえひっかえ番宣に出演していました。この時期WESTの活動がめっきり無かったことから、この夏はJUMPに楽しませてもらおうと決めて彼らの仕事を追っていました。見るたびに裕翔りんとJUMPのことが好きになり、やっぱりたまには王道アイドルも新鮮で楽しいなあ、なんて悠長に考えていた、その矢先のことです。

2015年8月16日放送の「おしゃれイズム」に裕翔りんが出演しました。そのときには録画しながらリアルタイムで番組を見るほどには既に裕翔りんを好きになっていましたが、その期待をすっかり打ちのめすほど、この番組には裕翔りんの魅力がこれでもかと惜しげもなく、かつ優しくみずみずしく詰め込まれていました。裕翔りんは山田さんからのリークを受けて、愉快なカメラマンさんのモノマネを披露しました。カメラマンさんの普段のクールな様子と、アイドルらしい写真を撮るときのハチャメチャなテンションのギャップを演じわけ、そのモノマネが(珍しく)うけて、嬉しそうに椅子に座りなおす、そのわずか10数秒のできごとを見たわたしは、覚悟を決めざるを得ませんでした。今、この人の美しさを見逃してはならないという強い確信がそこにありました。

そんな22歳になったばかりのあなた、わたしのような人間が愛するにはもったいないほどに美しく、可憐で、清廉なあなたにすっかり惚れこんでから、ほどなく1年が経とうとしています。

 

あなたのお顔が好きです。

日毎に美しくなりなさる、その美貌のすばらしさを挙げるならきりがなく、なにかに例えるとするならわたしのことばではとても足りません。清らかで端麗な造形は常にもの思いを含ませ、それでいてきっぱりと変化する表情の強烈な陽、その対比のみごとなことといったら!これはネットでお見かけしたことばの受け売りですが、わたしは裕翔りんのお顔が好きであること以上に、裕翔りんのお顔が美しいこと、それが多くの人に称賛されることをなによりも愛しています。ひと目見れば裕翔りんの性質を知ることができるその普遍的かつ奇跡的な優美が、中島裕翔というアイドルの盾となり矛となって世界と戦い、すこしずつですが勝利を収めていく今このときを、同じ時代に生き目撃できることに感謝してやみません。

 

あなたの歌声が好きです。

はじめて『明日へのYELL』のソロパートを聴いたとき、大好きな藤井隆さんの歌声に似ていると思いました。実際はわたしの欲目であってそう似ているというわけでもないのですが、あまり技巧的でないまっすぐな歌唱、ややかすれた柔らかくマットな声質、素直で淡泊な発音などが共通しています。それらは今までわたしがその歌声を愛してきた人たち(堂珍嘉邦堀込泰行中間淳太ら)にも一貫している特徴であり、わたしが男性の歌声に対して持っている強迫的なフェチズムなのですが。裕翔りんの歌唱はこの1年の間にもみるみる成長していますが、歌声のはらむ育ちの良さ、上品さは変わらないままで、とても嬉しく感じています。

 

あなたの物語が好きです。

圧倒的エリートとして過ごしたジュニア時代、デビュー2曲目に突然センターを降ろされてからの6年にもわたる不遇、多感な思春期における不器用で繊細な情動、苦悩のなかで見出した活路、メンバーとの確執と和解とその狭間。アイドルファンなら誰もが涙せずにいられないその物語は、2014年の鮮やかなるセンターへの返り咲きによって完結しました。それは同時にHey!Say!JUMPというグループの、長い長い第1章の終わりでもありました。

絵画史を学んでいたことがあるので、ついつい考えてしまうことなのですが、アイドルアイドルを愛でることはまるで絵画を鑑賞する態度とそっくり同じです。

絵画は(ひいては、あらゆる分野の芸術は)、その物質としての表面のみを見てももちろんじゅうぶんに楽しむことができます。しかしながら、その絵画の持つ物語――画家の人生、歴史的背景、モチーフの意義、周辺画家との関わり、着想源、手法的な特徴といった要素たち――を理解することで、その絵画の魅力をより多面的に評価できるようになるのです(無論それも芸術鑑賞の手段のひとつに過ぎませんが)。そして、わたしたちがけっして知り得ぬ真実への誘惑と、それをめぐって繰り広げられる不毛で愉快な議論それ自体の喜び苦しみもまた、アイドルに絵画性を感じる理由です。

そう、わたしが裕翔りんを好きになったのは、新たに第2章がはじまってからのことです。山田涼介と中島裕翔の緊張関係という支配軸を失ったHey!Say!JUMPは、新たな物語を紡ぎ始めました。――しかしながら、22歳の裕翔りんを愛していたとき、わたしの頭の中にあなたの過去のことはほとんど去来しませんでした。そう、あの『ピンクとグレー』のときですら。わたしはこの1年間、あなたの物語を常に心に留めつつも、あなたという絵画に相対するときには、表面的な美しさにほとんど集中することにしていました(不完全ではありますが、なるべくそうしました)。

わたしがそのような方法で鑑賞したいと考えてきた画家のひとりが、わたしがこの世でいちばん愛する画家、エドゥアール・マネです。裕翔りんのことを見つめるとき、マネの作品に想いを馳せることがしばしばあります。近代絵画の父と呼ばれる彼は、その意味で歴史的英雄ではありますが、彼自身が描く作品はきわめて上品な感性によってヒロイズムが抑制されており、それこそが彼の生みだした新しい美のかたちでありました。

随分話が逸れてしまいましたが、ともかくわたしはこの1年間、あなたというジャニーズ内でも非常に強烈な物語性アイドルを、つとめて非物語的な方法で鑑賞してきたのです。それはとても新鮮な体験で、おそらくあなたの過去にも未来にもない、貴重な期間であったのだと思います。22歳のあなたを見逃してはならないと直感したのは、結果的にではありますが、正しかったと今になって断言できます。しかし今のわたしは同時に、その季節の終わりを意識せずにいられません。まだ見当はつきませんが、わたしがあなたを鑑賞する態度を変えなければならない日は、そう遠くないことを予感しています。

 

さて、マネがその作品に表出させた絵画の近代性はもうひとつあり、それは「理想的な表現だけが美しさではない」とする考えかたでした。

それに準ずるというわけでもありませんが、わたしはあなたに、中島裕翔というアイドルに、こうあってほしいという理想を願うことはきっとないでしょう。わたしの身勝手でわがままな理想など、あなたの抱く大いなる美を前にしては、なんの意味も持ちませんから。

あなたがどんなアイドルであろうと、なにを考え、なにを表現しようと、わたしはただ祈るのみです。あなたが変わらず、ますます美しいことを、そして、あなたの美しさがより多くの人に祝福されることを、あなたのことを思うたびに祈ります。わたしにとっては、その敬虔な祈りこそが、あなたへの残酷な欲望そのものなのです。

 

はじめまして、ありがとう。

23歳のあなたが美しくあらんことを。

 

 

かしこ

「光を抱きしめて」なお慕わしいあなたのファンより

拝啓、自担様(2) 願うだけのその夢よりも

 

拝啓、西畑大吾様。

自分でもあきれるほど、あなたのことを信じています。

 


Berryz工房を好きになり、アイドルの世界に足を踏み入れたわたしでしたが、他のグループに強い関心が湧くわけでもなく、近づいてきた卒論への憂鬱を動画巡りで有耶無耶にする日々。

それはあまりにも突然の、まったく偶然のできごとでした。

 

2014年の10月ころ、活動休止中のCHEMISTRYの近況が気になり、川畑要さんの名前で動画の検索をかけました。そこで2、3番目あたりの候補として出てきたのが、「まいど!ジャーニィ~」という番組に川畑さんがゲスト出演したときの動画でした。

ジャニオタ内ではあまりにも有名なこのバラエティー番組、当時は関西ジャニーズJr.の若手6人(向井康二、金内柊真、平野紫耀、西畑大吾、永瀬廉、大西流星)がMCを務めており、川畑さんが出演したのは2014年6月8日の放送でした。

イマドキのジャニーズJr.は単独番組も持っているのかあ……と遠い目をしながら、当時20歳~12歳という若さだった6人の、現代っ子らしくゆるい喋りにははらはらさせられました。CHEMISTRY時代から非常に安定感のある川畑さんのトークはとても聞きやすく、川畑さんはソロになってますます色っぽくなり、番組ラストで披露した歌唱はこちらが誇らしくなってしまうほど絶品でした(最も印象に残った回を挙げるまいジャニ大賞2014でも、向井くんがノミネートしてくれました)。

 

しかしわたしは間もなく、気がついてしまったのです。

なよっちいジャニーズJr.6人組の中に、ジャニーズらしからぬ硬派な黒髪短髪の男の子がひとり、いたのです。しかもお顔だちもくっきりと濃いめで、目がくりっと大きく、八重歯がかわいらしい、驚くほどわたし好みの美少年ではありませんか!

そうです、それが朝ドラ「ごちそうさん」出演直後でまだ髪が伸びきっていない、いわゆる坊主期の西畑大吾さん、あなたでした。

 

大吾ちゅんの容姿にひと目惚れして、まいジャニの他の動画も見始めました。リアルではもちろんのこと、ツイッターの二次元用アカウントでも、あの散々バカにしてきたジャニーズにはまっているなんて恥ずかしくて、しばらくは明かせませんでした。

憎むべきジャニーズの襟足を持たない硬派さに惹かれたものの、大吾ちゅんも普段はフワフワ襟足のきゅるきゅる系アイドルであることはすぐにわかりました。今でこそぐっと大人びた男性になられましたが、当時17歳のあなたといったらまるで中学1年生にしか見えず、小瀧望ちゃんや平野さん、金内さんと同い年だと知ったときはほんとうに信じられなくて、実年齢に慣れるまでにしばらく時間がかかったほどです。ステージでは全力で踊り、過剰なほどカメラアピールをする姿がほほえましく、でも性格はリアリストでオタク気質なところも、とても好みでした。

いっぽうで番組を見渡してみると、6人のMCはあまりにも未熟で、関西らしく笑いを取ろうとする姿勢が余計に痛々しくて。番組の最後にあるステージも到底できが良いとはいえなくて、ジャニーズJr.というものに対して抱いていたなんとなくのイメージ(チャラチャラしていて、子供っぽくて、軽薄で、あまり苦労していなさそう)からあまり外れない印象を受けました。

 

それなのに、わたしはいつの間にか心から楽しんで彼らのMCを見守るようになりました。そのきっかけを正確に思い出すことができませんが、とりわけ2014年4月13日放送回が誰にとっても重要だったのは間違いありません。

2014年の年明けにCDデビューを発表したジャニーズWESTのメンバーへ、後輩であるまいジャニメンバーがそれぞれ感謝の手紙を読み上げる企画。わたしはジャニーズWESTのメンバーすら誰ひとり知らない状態でしたが、見るからにまいジャニメンバーとはアイドルとして格の違う、堂々たる先輩たちでした。彼らを送り出すために、6人が号泣したり、なんとか堪えたりしながら手紙を読み上げるさまは、まさに彼らが関西Jr.のトップを継承しようとする感動的な場面でした。その言葉はあどけなくて、拙くて、思わず笑ってしまうようなものばかりでしたが、先輩の意志を汲み、必死に自立しようと背伸びする後輩たちの物語が、まざまざとありました。関西Jr.がひとつの大きなまとまりとして歴史を繋いでゆくさまは、まさに伝統芸能のようで(それはどこかハロー!プロジェクトの形態に似ていて)、この頼りなげな少年たちが背負ってゆくものの壮大さに、涙せずにはいられないのでした。

 

その物語を知ったうえで見る関西ジャニーズJr.のステージは、あらゆるジャニーズのパフォーマンスのなかでも最もエモーショナルな瞬間が詰まっています。なかでも2014年1月8日放送のザ少年倶楽部で披露された、現ジャニーズWESTメンバーとまいジャニメンバーの総勢13人による『Next Stage』は、関西Jr.に渦巻くあらゆる事象が爆発した、最高傑作のひとつでした。

明日をも知れぬジャニーズJr.たちがガツガツとしたパフォーマンスに乗せて歌う、「僕を信じて」「君の声聴こえてる」という歌詞の絶望的な輝きといったら!ファンにとっては、ジャニーズJr.という存在のはかなさを理解していながらも、そう歌う彼らに期待を抱かずにはいられない残酷さ。ジャニーズJr.たちにとっては、見知らぬ他人のさまざまな希望を背負っているのだということを、否が応でも自覚させられる苛酷さ。胸を掻き毟られるように苦しくて、美しい歌詞です。

 

アイドル、なかでもジャニーズやハロプロのような大手老舗の若手アイドルたちは、たしかに本人たちの実力とは必ずしも関係なく、大人たちの采配によってスターに押し上げられたり、逆にその座から降ろされたりするか弱い存在です。それなのに多くのメディアに出たり、無条件にちやほやされたりしますので、苦労していなさそうと勘違いされることも少なくありません(「苦労」を感じずにトップになるアイドルだっていますが)。

でも彼らが無力で、ちっぽけな少年少女であるほどに、彼らが重たく長い歴史や、大衆の欲望と嫉妬や、郷里や世界といったものを一身に受けとめようともがく姿の健気さに、わたしたちは浅はかにも感涙するのだと気づき、わたしはまたしてもアイドルファンの罪深さをひとつ数えました。Berryz工房によってアイドルの世界に導かれたわたしは、関西ジャニーズJr.を通して、アイドルというシステムそのものに魅了されてしまったのです。

 

さて、ジャニーズWESTのデビューをめぐり急激に移り変わる関西Jr.のなかで、西畑大吾というアイドルは至極静かに存在し続けました。わたしが彼らを見始めたのは、ちょうど平野さんと永瀬くんが東京に進出し始め、大吾ちゅんは堂本光一さんの舞台『endless SHOCK』出演という大役に選ばれたころでした。そんな激動の状況にありながらも、わたしがあなたから目を離すことができたのは、「今後彼らにどんなことがあっても、大吾ちゅんだけは絶対に大丈夫」という全幅の信頼があったからです。弱冠17歳のいちジャニーズJr.に対してそのような期待を寄せるのはとても危険なことだと、今になってわかりますが、でも、それを裏切られたことはこの2年間いちどだってありませんでした。

誰もがすぐにわかるとおり、大吾ちゅんは非常に聡明で、精神的に安定しており、尽きることのない情熱を持ったアイドルです。人情家でありながら、表面的には決して揺らぐことなく、フラットに周囲の変化を見つめ、かつしたたかに自らを高めてゆきました。そして、目を離していたにもかかわらず無責任にこう表現することを許していただきたいのですが、ふと気がつけば関西Jr.のセンターに君臨していました。

大吾ちゅんのような才能ある人が、人目につきやすいポジションにいることは、とても望ましく嬉しいことです。しかも、あなたには関西ジャニーズJr.という巨大かつ特殊な集団をまとめ上げることのできる器量が万全に備わっています(言うまでもなく、ひとりの力ではありませんが)。最近では立て続けに映画出演が決まり、事務所も積極的に盛り立ててくれます。しかしJr.たるもの、その立ち位置になにが起こっても不思議ではありません。大吾ちゅん自身もまだまだ成長途上にあり、アイドルとして完成形に至るまでには長い時間がかかることでしょう。それでも、現体制になって初めての新曲『Dream Catcher』で、その強い瞳でもって前を見据えるあなたなら、絶対にすべてを成し遂げてくれるだろうと、信じてやみません。

いわば大吾ちゅんにひと目惚れをしたせいで、数年前のわたしには到底信じがたいジャニオタという現状にあるわけですが、それを後悔せずに済んでいるのもまた、あなたのおかげです。あなたの活躍を見るたびに、「わたしをジャニーズに陥れた男は、こんなにも立派なアイドルなのだ!」と、誇らしくなるのです。その身勝手で重い欲望を注いでも、あなたはすっかり飲み干してなお爽やかに、高みを目指してくれるに違いありませんから。

 

「生まれたてのこれからを信じて」と歌うあなたへ、わたしは未来永劫、絶望的に期待し続けることでしょう。きっとこれから目にするたくさんの人たちのなかでも、わたしにとってあなたは世界でいちばん信頼すべきアイドルなのです。

 

かしこ

「一度だけの夜明け」を祈るあなたのファンより

拝啓、永久のお姫さま ◇ 私の本当の意味を知りたい

 

自担と呼ぶのもおそれ多い。

ただ今まで出会った誰よりも、特別な女の子でした。

 

 


高校時代をほとんどCHEMISTRYに捧げたわたしは、大学に入り、実家を出てまもなく彼らから離れ、すっかりネット世界の住人になりました。家族の目を気にせずアニメ三昧、二次創作作品を読み漁り、ときおり文章をとっ散らかす日々。

いっぽう音楽方面では、CHEMISTRYと関わりのあった冨田ラボから辿って、ようやくほんのすこしだけ許容範囲を広げます。とりわけキリンジの音楽世界に傾倒していました。


以前の記事で触れたように、キリンジSMAPに曲提供していたことや、名曲『Sexy.Honey.Bunny!』にハマったことがきっかけでアイドル音楽を少し見直したところがありましたが、依然としてアイドル文化そのものに対しての興味はほぼありませんでした。

 

 

あの夏、2014年の夏。わたしはツイッターのフォロワーさんを介して「スターバースト!」というヴァーチャルアイドル企画に注目し始めました。

16人のキャラクターがアイドル候補生として、ファンからの人気投票によりデビューを争うもの。まるでリアルタイムに活動を行っているかのようなツイートを発信することで、アイドルたちの成長や変化に感情移入させる点では、「うたの☆プリンスさまっ♪」のツイッター活動(いわゆる「プリツイ」)の後追いで生まれた多くのヴァーチャルアイドルコンテンツのひとつでした。ただこのコンテンツで特徴的だったのは、規模の小さい手作り感からくる妙に三次元的な生々しさで、そのせいかファンのツイッターやブログを追ってゆくと、リアルアイドルと比較した言論がとても目立ちました。(ちなみに佐藤勝利さんのお名前なども「スターバースト!」ファンのブログで知りました。)

 

 

そして、あの日。

2014年8月2日未明のことです。

 

わたしは実家のベッドに横たわりながら「イナズマイレブン」などで繋がった大好きなフォロワーさんと、アイドルについてのツイートを交わしていました。

このフォロワーさんはかねてからBerryz工房の大ファンで、わたしはそのことをよく知っていたので、ここぞとばかりに「スターバースト!」で得た浅はかすぎるアイドル理論を口にしていました。彼女はリアルアイドルの儚さや残酷さについて、優しく諭すようにお話しくださったと記憶しています。

まさかその夜が明けたら、Berryz工房の無期限活動休止が発表されるとも知らず。

 

フォロワーさんの落ち込みっぷりは心に迫るものがありました。わたしはもちろん「イナズマイレブン」で彼女たちの曲を知っていて、アニメの荒唐無稽さとマッチした熱くてトンチキな曲たちはとても好きでしたが、当時ちょうど絶賛ギャル期であった彼女たち自身への興味はまるでありませんでした。しかし、わたしはそのフォロワーさんのセンスをとても信頼していましたから、その人がこんなにも入れ込むグループとは、いったいどういうアイドルなのだろうと、Youtubeを開きました。

あなたがたのことを最初どう感じていたのか、あまり正確な記憶がありませんが、驚いたのは、歌が上手いこと。容姿が華やかで個性的なこと。楽曲が魅力的なこと。

たしか最初に見たMVは『Rockエロティック』で、熊井ちゃんの男役の似合いっぷりと、雅ちゃんの華やかな艶に惹かれました。次の動画をクリックする手が止まりませんでした。『1億3千万総ダイエット王国』でつんく楽曲の真髄を見せつけられ、『cha cha SING』でアイドルを見る多幸感というものに気づき、『あなたなしでは生きてゆけない』で変態的なエモさに涙し、『ロマンスを語って』で愛に満ちた優しすぎる幕引きに嗚咽しました。

就職がようやく決まり、なんとなく社会に出ることが憂鬱なモラトリアム期末、同年代の彼女たちの圧倒的な「強さ」に、あっというまに惹きこまれてゆきました。

 

 

かつてのわたしのような、アイドル文化と疎遠な人種がたいてい抱いているのは、「どうしてアイドルという職業を特別に思うのだろう」という疑念だろうと思われます。歌だってダンスだって、いくら上達しても専業のプロフェッショナルには敵いません。顔だって、整っていて万人受けするという点で見れば俳優だったりモデルのような職業の人たちのほうがずっと平均値が高いでしょう。一流のシンガーソングライターや声優にも、顔の綺麗さに人気を後押しされる人は珍しくありません。さらにいえば二次元キャラクターの見た目や性格は人工物ですから、より完璧に人の理想に沿うことが容易です。それでもなお、生身のアイドルがとても多くの人の心を掴むのが、ずっと不思議で、不可解なことでした。その真理のひとつを、Berryz工房はわたしに啓示してくださいました。

それは「物語と音楽の融合」。あまりに初歩的ですが、アイドル文化弱者(たるわたし)は、このあたりまえのことにすら気がついていないものなのです。

あんなにも幼くして芸能界にひきずり込まれた頼りなげな少女たちが、青春のすべてをアイドルに捧げ、わがままにマイペースににぎやかに、ついにはそれぞれ個性的ながらも美しく強く成長していく、予測不可能な、一度きりの、ただひとつの物語。ひとりひとりに寄り添いながらも唯一の感性で伝えてくれる、なおかつアイドルという存在にしか表現しえない、つんく♂さんのすばらしい楽曲群。それらの融合(あるいは反発)によって生まれる、奇跡的としか言いようのない輝きこそがBerryz工房の、ハロー!プロジェクトの、ひいてはアイドルというコンテンツの本質的な魅力だったのだと。

 

 

そんなBerryz工房の物語と音楽を象徴する存在、それが最年少センターである菅谷梨沙子ちゃんでした。デビュー当時9歳ですでにお人形さんのように完成されたかわいらしさはそのままに、お化粧や髪型は、しだいに自分らしく、王道アイドルらしからぬ現代性とはでやかさを追求してゆきました。ハスキーで素朴な歌声は、やがてハロプロで最もソウルフルな低音へと進化してゆきました。

正直なところ、わたしが梨沙子ちゃんについて語れるのはこれくらいの表面的なもので、ちっとも梨沙子ちゃんのことを知りません。梨沙子ちゃんがどういう性格なのか。なにが好きなのか。なにを信念としているのか。ラストコンサートの最後の挨拶で「全部投げ出してどこかへいってしまいたいと思ったこともいっぱいありました。」と言った梨沙子ちゃんが、こんなにも長い間、どんな気持ちでアイドルを続けていたのか、なんて。

 

それでもわたしが梨沙子ちゃんを特別だと思うのは、梨沙子ちゃんが特別にかわいらしい、みんなに愛されるべきお姫さまだっただけではなく、勝手に押しつけられる枠組みのなかで苦しみながらも、どこまでも自分を高め、自分の信じるものをまっすぐに表現していく、勇気あるお姫さまだったからです。それは、梨沙子ちゃんのことを知らなくても、梨沙子ちゃんの歌い踊る姿を見ていれば、梨沙子ちゃんのお化粧や髪形を見ていれば、誰でもすぐにわかることです。姿かたちとパフォーマンスのみによって物語を語り得ること、それがアイドル菅谷梨沙子ちゃんの才能であり、努力であり、とてもとても特別な理由なのです。

不器用で繊細で優しい女の子が、全部投げ出したくなるほどのさまざまな理不尽と10年以上も戦い続け、ついには勝利を得る。『愛はいつも君の中に』で「さあ笑え いざ挑め」と、誇らしげな笑みを湛えてセンターに君臨する梨沙子ちゃんが、とてもとても好きでした。

 

 

こうして、20代にもなってやっとアイドルの魅力というものを理解できたわたしは同時に、アイドルファンという存在のあまりの残酷さに、深く深く絶望しました。長きにわたって生命ある人間の(とりわけ美しい人たちの)人生を浪費させ、その肉体と精神を削らせてなお、一方的かつ身勝手な言動のもとに晒し続ける、その生々しい無限の欲望。でも、その罪深さに気がついたときには、わたしはもうとっくに抜け出せないところにいました。だって、世界が残酷なほど、わたしたちの欲望が醜く執念深いほど、アイドルたちは強く美しく、輝いて見えるものだということを知ってしまったからです!ほかでもないBerryz工房と、梨沙子ちゃんによって!

 

アイドルという文化の見方すらわからなかったわたしに、アイドルの魅力も楽しさも恐ろしさも、まさしくアイドルのすべてを教えてくれたのが、Berryz工房菅谷梨沙子ちゃんでした。ほんのわずかでも、彼女たちがアイドルしている時間を目撃できたことは、わたしの大切な宝物です。無期限活動休止したBerryz工房は永久の夢となって、いつまでもわたしたちを魅了し続けてくれます。

けれど、Berryz工房の時間が止まっても、ひとりひとりの女の子たちの物語はずっと続いています。最近では梨沙子ちゃんも、SNSでの活動を再開してくれましたね。いつかまた、永久のお姫さまが、音楽の世界に戻ってきてくださる日を楽しみに生きています。

 

かしこ

「初恋を最後の恋と」した、あなたのファンより