笠原桃奈さんの話

 好きな女の子がいる。

名前は、笠原桃奈さん。

2003年10月22日生まれ。

2016年7月16日、5期メンバーとしてアンジュルムに加入した女の子。

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スマイレージ/アンジュルム2期メンバー、大好きな田村芽実さんが卒業した春。俄かに彼女の卒業を追う中でアンジュルムというグループへの愛着はしっかり根付いてしまって、なんとなく箱推しになるのかしらんとか考えていた夏。

新メンバーの加入は然もありなん。改名以降の楽曲のパフォーマンスには、どうしても9人体制が必要だった。けれど正直に白状してしまうと、加入当初の笠原桃奈さんに対する印象は、それほど良好とはいえなかった。

田村芽実さんという女の子は……もちろん歴代ハロメン全員が無二の存在であることを前提としても、きわめて稀有な存在だったと今でも思う。後にも先にもあのように特異な才能がハロプロに現れることはないのだろう。今もますます高みへと登ってゆく彼女だけれど(ソロデビューシングルを買ってください!)、アイドル時代も表現者として他とは一線を画す存在だった。その周りから少し浮いたような鋭利さに惚れ込んだ。

いっぽう彼女と入れ替わりにハロプロ研修生から昇格となった笠原桃奈さんは、次々続々加入してきたアンジュルム新メンバーたちの中でも、いわゆる即戦力タイプではなかった。なにしろ当時はたった12歳。……12歳だ!リーダー和田彩花さんとは9歳差。おたく語法を用いるのであれば「生まれたて」というやつだ。自分が何者であるかもまだまるで見当がつかないような。

それに加えて彼女は真面目でおとなしかった(当時は)。お肌が白くてさらさらの黒髪で、ほんわかした美人だけれど、パワフルでにぎやかなアンジュルムのイメージとは離れた人材のように思えた。驚くべき速やかさでグループに馴染んだ4期の上國料萌衣さんの例があったので尚更、すぐにはアンジュルムの中に居場所を見つけられず不安そうに見受けられた。

自分はそんな彼女の魅力に気付かない鈍感なおたくだったし、彼女を加えた新編成アンジュルムのシングルの評判が(それまでの破竹の勢いからすると)あまり芳しくなかったこともあり、もしかしたらアンジュルムという箱への興味を失ってしまうかもしれない、とすら考えた(はずなのだが、自分のツイログを辿ってみても負の感情の痕跡は一切残していなかった。我ながらおたくの鑑である)。

幼く人見知りの彼女に必要だったのは、ただひたすらに時間だけ、結果としてはそれだった。彼女は半年ほどかけてじんわりゆっくりとアンジュルムに馴染んでゆき、馴染むほどに笠原桃奈さんというアイドル自身の輝きも増していった。

おしとやかで大人びた外見に対し、中学生らしくはちゃめちゃで内弁慶な言動のギャップが自分を含めた多くのおたくを夢中にさせた。みんなにかまってほしくて電波な行動をしてみたり強くつっかかってみたり、お姉さんメンバーたちはそれをほほえましく見守りときに一緒になって遊ぶ。彼女の存在はアンジュルムの多幸感の象徴となった。

 

自分が最初に笠原桃奈さんという女の子に強く惹かれたのはきっと、彼女の放つ言葉に心動かされたのがきっかけだったのだろうと、今になって思う。

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笠原桃奈さんは、たくさん話す。ブログはしばしば長文になるし、ラジオ等でのトークもスイッチが入るとものすごい勢いで喋りだす。

きっと、たくさん伝えたいことを持っている子なのだろうなと思う。とても賢くていらっしゃるので、いろんな考えが爆発的に頭のなかを駆け巡って、それを全部伝えたくて、一生懸命に早口で話すのかもしれない。けれど言いたいことを上手に掬い取って言葉にするのはまだ苦手で、おそらく彼女自身もそのことを歯がゆく感じているのだと思う。早く大人になりたいと、よく言っているから。

そんな彼女の使う言葉は、子供らしく心のままにとても素直で、なおかつ物事をよくよく考えている誠実さがある。素直なことも誠実なこともアイドルとしてさほど特別な才能ではないかもしれないが、彼女は一見相反するその両方の性質を持ち合わせていて、だからこそ彼女の脳内と彼女の言葉とがきっちり一致して表出されたとき、ひときわ生命力を湛えてこちらを貫いてくる。

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初めての武道館公演で、笠原桃奈さんは言った。わたしはその公演に入っていなかったので、彼女のツイートやブログ、おたくの現場レポなどでそれを知った。

ほんとうに一生忘れないでいてくれるのだろう、と思った。

現実はわからない。それはアイドルの常套句かもしれないし、たとえ本心であったとしても、記憶を一生とどめておけるなんて保証はできないし、万が一達成できたときても、その記憶を証明することなんてできない。けれどいまこの瞬間、笠原桃奈さんが「一生忘れない」と強く強く思っている感情は真実で、その確かさを信じられる、と思ったし、信じたい、と思わせてくれた。そういうちからが彼女の言葉にはあった。

 

笠原桃奈さんのパフォーマンスもまた、彼女の言葉と同じように雄弁だ。雄弁すぎて、ときに彼女の肉体を飛び出していってしまうことがあり、それもまた愛らしい。先述の初武道館においても、ソロパートは少ないながらとびきりの笑顔で楽しさを表現するさまがたまらなく魅力的だったのだけれど、彼女は成長するにつれ自らの肉体のコントロール精度をどんどん高めてきている。

なかでも自分にとって決定的だったのは、2018年春のライブハウスツアーでの『恋ならとっくに始まってる』がハロステで公開されたときだった。

『恋ならとっくに始まってる』は、田村芽実さんの卒業のために書かれた曲で、今のところアンジュルムに改名してからは唯一のつんく曲だ。田村芽実さんを好きだった人間にとってこの曲は特別で、彼女が歌う冒頭の台詞パートに何度も涙した。

もう 止めたりは出来ないよ

どうなるか わかんないけど

うん 受け止める

だって もうとっくに始まってる

田村芽実さんが卒業したあと、この台詞パートは当初和田彩花さんが担当していた。先述の通り、田村芽実さんはある種異様な存在であったため、その才能の凝縮ともいえる台詞を受け継ぐのはとても難しいことだったと思う(実際和田彩花さんはこの台詞に苦労していたようすで、田村芽実さんに直接アドバイスを求めたこともあったらしい)。もともと田村芽実さんのための曲なのだから、彼女がいた頃と同じ濃度で表現することはもう不可能なのだろう、と自分を納得させていた。

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そういうなかで、笠原桃奈さんが台詞パートに挑んだこの動画が公開され、ひとたまりもなく泣いてしまった。「どうなるか わかんないけど」の切実さ、「うん 受け止める」の真剣さ。かつての田村芽実さんの表現とは全然違うけれど、ほとばしるような感情の吐露は、彼女に迫るほどの鮮烈さがあった。田村芽実さんの台詞が、漠然とした不安を振り払って夢に飛び込む女の子の確固たる信念を示していたならば、笠原桃奈さんが表すそれは、不可逆な運命に身を投じてしまった女の子が、畏れすらも受け容れて自らの使命を全うしようとする気高い決意のようだ。

笠原桃奈さんを推すと決めた。箱推しでもなんの問題もないほどアンジュルムという箱が好きなのに、決めてしまった。否応無く、そう決められてしまった。

 

笠原桃奈さんは、美人でかわいいし、歌もダンスもお上手だけれど、客観的にみて他のハロメンと一線を画すというほどの、際立った才能というのは今のところない。でも、彼女の言葉と肉体が彼女の脳内に追いつこうともがくこの日々を、逆に彼女の年相応な内面があまりにも大人びた容姿に追いつこうと背伸びするこの日々を、大切に愛おしく見つめていられる喜びといったら!14歳は、パフォーマンスのほかにもメイクのことやコンプレックスのこと、迷いや戸惑いがあったかもしれないけれども、でもきっとおたくが心配するようなことじゃない。アンジュルムには彼女を心から愛し守ってくれるすてきなお姉さんたちがたくさんいるのだから。

 

youtu.be

『46億年LOVE』の冒頭で、笠原桃奈さんはくるくると回る。なんの脈絡も、なんの法則もないけれど、ただくるくると回る。きっと回らずにはいられないのだ。これからやってくる歴史的瞬間の予兆として、アンジュルムの新しい時代の幕開けとして、このぱんぱんに膨らんだ期待をそのまま肉体に乗せたら、笠原桃奈さんも、地球回る宇宙もDance Danceってわけだ。

そしてソロパート「伝えられたら…」。伝えたいけれど伝えられないことへのもどかしさを笠原桃奈さんが表現するだなんて!彼女がもがいて追いつこうと努力してきたことそのものが、このパートをひときわエモーショナルにしている。逆説的に彼女の思考と表現が一致した瞬間のひとつとなったこのパートを聴くと、アイドルのファンとしてこれ以上ないほどの幸せがどっとあふれる。

 

笠原桃奈さん、宇宙一かわいい笠原桃奈さん、15歳のお誕生日おめでとうございます。

15歳のももなには、とてもつらい別れが待ち受けています。きっとそれをきっかけに、皆に守られるだけじゃなくて誰かを守る人になってゆくのでしょう。けれどおたくとしては、まだまだ子供のももなを見ていたい気持ちもあって。いそいで、ゆっくり、大人になってくださいね。

 

最後に。おたくのしみったれた重い恋文より、和田彩花さんの書いた短くも美しい文章を読むほうが、よっぽど笠原桃奈さんのまぶしさをおわかりになると思うので。

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25歳、凪

いわゆる「担降りブログ」というものが好きです。

担降りブログに渦巻くジャニヲタひとりひとりの罪悪の物語の魅力こそが、わたしをジャニーズというジャンルのファンにしてしまったといってもいいほど。


わたしはおたくと名乗ることも厚かましいくらい、たったひとつのものへの強烈な好意を持続させることができない類のファンです。アイドルを好きになってから1年の間にもBerryz工房、関西ジャニーズJr.、ジャニーズWEST、Hey!Say!JUMPと次々に興味の対象を移していました。

ですから裕翔りんを特別に好きと悟り、唯一の人と心に決めたそのときには、けれどもすぐにあこがれの担降りブログを書く機会が訪れるであろうと考えていたのです。おそるべきことに。

しかし実際には、わたしは丸3年もの間それを書けずにいました。強烈な好意のA・RA・SHIはもうとっくに過ぎ去っていて、次の大波に備えていつでも凪いでいるつもりでした。

そういう状態でいるところに昨年末には初めてコンサートのチケットが当たり、そのときのあられもない感情の揺れ動きは先のブログに記録してありますが、とどのつまり中島裕翔りんというアイドルへの祈りは、驚くほどにこれっぽっちも変わらなかったのです。その不変が意味していたのは良く言えば安心、悪く言えば退屈。


その中庸な気持ちにスッとやわらかな刃先を入れてきたのは、裕翔りんより10歳も年下の女の子でした。

笠原桃奈さん。

アンジュルムのことはずっと好きでした。田村芽実さんが卒業してからムラはあったものの、箱推しの心持ちでいました。そんななかでなぜももなを特別に好きになってしまったのかということはここで語りませんが、ドームで舞う裕翔りんの米粒のような生身に目を凝らしたその1週間後に、ショッピングモールで間近に目撃したももなの幸福そのもののような笑顔が、わたしの心臓をグシャリと引ったくってしまったのです。

初めて自担と呼んだのが裕翔りんであるならば、初めて推しと呼ぶのは彼女にしたいと決意したのはついこの頃、今年の春でしょうか。ちょうど裕翔りんには際立った個人のお仕事がありませんでした。ツイッターのプロフィール欄を書き換えたとき、わたしは好きなアイドルに対して残酷にも容赦なく、れっきとした優先順位を決めたのです。誰よりも愛を注ぎたい、最も祈りを捧げたいと思うのはアンジュルムであり、ももな。それならばこれは担降りであり、同時に推し変でもあるのだと。

ほんの数週間前までは、そう思っていました。


先月、Hey!Say!JUMPの新曲のMVとメイキングを見ました。

何度見ても鮮烈なまでの優美な容姿。それでいてかわいらしい曲調にてらいのないところ。激しいダンスを明瞭に舞い続ける体力オバケっぷり。画面内の画面越しでもキラキラと溢れんばかりのアイドルオーラ。トラッドな服装がよくお似合いになるハンサムさ。

担降りブログなんてつらいものを書くには、あまりにも、あまりにも好きすぎる。

裕翔りんへの好意は、もしかするとこれからもずっと同じ調子で、たいていは凪いでいるのかもしれません。それでも、凪の地平線へ燦然と輝く太陽のような美しさに照らされる喜びは、裕翔りんを見ることでしか得られないもので、宇宙一愛おしいももなでも他のどんなアイドルでも得られない唯一のもので、その美しさを感じられる琴線がわたしにあるかぎり、きっと「担降りする」なんて大それた宣言をする決心はつかないのだと、半ば観念したような今日この日であります。


中島裕翔りん、25歳のお誕生日おめでとうございます。

あなたがますます美しく、慕わしくなりなさることを、いつまでも祝福のもとに幸せでいらっしゃることを、お祈り申し上げます。

肉体とアイドル(またはジャニーズ初現場についての話)

最近の日課は『ぁまのじゃく』を踊るHey!Say!7を脳内に描きながら出勤すること。 

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斯様に節操というものを持ち合わせていない類のファンによるブログです(いつか来たるべき7コンへのシミュレーションの一環)。

 

2017年12月8日京セラドーム、初めてジャニーズの現場すなわち戦場に馳せ参じました。その名も『Hey!Say!JUMP I/Oth Anniversary Tour 2017-2018』。

 

わたしは、自分がその戦いに勝利したのか、あるいは敗北したのか、それともそのどちらでもなかったのか、それすらもわからないのです。

中島裕翔りんの身体性――裕翔りんが人間の肉体を所持しているのだという気づきは、わたしの意識を混濁させるのに充分すぎるほど瞠目すべき事実でした。

 

裕翔りんのことは、あらゆる美しい事物の結晶として、慕わしくお見上げしてきました。広義の天使とも狭義の天使とも、あるいはやんごとなき御身分のおかた、おとぎ話の妖精さん、うつろいゆく四季、まばゆい宝石。

とくに裕翔りんというアイドルの鑑賞法を宗教画の構造と重ねあわせる習性が身についてしまってからというもの、我ながらどうしようもないと呆れかえるほどには始末に負えません。中島裕翔というひとりの人間を神さまだと仮定するならば、アイドルとしての裕翔りんは聖典(聖書)であり、そしてさまざまなメディアを介してわたしたちの目に届く裕翔りんは、すなわち聖典の世界が描かれた宗教画なのです(宗教音楽や宗教文学といったものも該当するでしょうが、学が及んでいないゆえ悪しからず)。

宗教的信仰心のまるでないわたしは、わたしが愛しているものは中島裕翔という人間そのものではなく、裕翔りんのアイドルとしての在り方でもなく、ただただ裕翔りんというアイドルを写しとったイコン(聖像)にすぎないのだと、その二重のフィルターを常に意識しているつもりです。イコンはときに神さまそのもののように感じられることもあります(得てしてそれが宗教画家の主目的なのです)から、ついついその境界を踏んでしまいがちなことはどうか大目に見ていただきたいのですが(いけしゃあしゃあと!)。それでも努めて身をわきまえ、裕翔りんのイコンへのみ賛辞を捧げて参りました。

だからこそ、納税義務として支払い続けることになんの憤りもなかったファンクラブ会費が突如として幸運を呼び寄せたとき、わたしは大きなよろこびのあと、しんしんと冷たい不安におそわれました。コンサートとは、つまりメディアを媒介としない生身のアイドルの目撃、すなわち聖典との出あいであろうと考えたからです。はじめてじかに聖典にふれたとき、わたしは新たな境地(たとえば、聖典への信仰)にめざめてしまうのか、あるいはもっと悪いことに、裕翔りんへの祈りを失ってしまうこともあるかもしれないのですから。 

何を隠そうこのわたくし、ジャニーズを好きになってから今回初めてのコンサートに赴くまで、まるまる3年もかかっているのです。3年!3年もあれば、スマイレージアンジュルムになるし、なにきんは解体するし、こぶしファクトリーつばきファクトリーカントリー・ガールズはデビューするし、Berryz工房は解散するし、SMAPは解散するし、°C-uteは解散するし、カントリー・ガールズは解体しかけるし、Jrは星の数ほど入所するし、マリウス葉さんはタケノコのように背が伸びるし、ジャニーズは誰もデビューしないし(!)、とにかく世紀末めいたアイドル界に怯えるあまり3年も引きこもっていたこじらせ野郎にとって、未知とは畏怖であり、変化とは恐怖なのです。

 わたしはいまとなっては笑えるほど筋違いな努力でありましたが、ともかくそれらに打ち勝つべくコンサートに備えました。例によって「愛するものに相応しい女であらねばならない」というオタクの掟にしたがい、目一杯の武装をしてその日に臨みました。取り敢えず安物の双眼鏡を購入しておき、お気に入りのネックレスにシャネルの口紅を纏い、前日のプレ販売で購入していたペンライトとうちわをずだ袋でカモフラージュしました。わたしはわたしの行いうるかぎりの最善を尽くし、気が遠くなるような数のオタクどもに呑まれ、狭苦しい座席にキソクタダシクきっちりと詰め込まれました。もっともそんな急ごしらえの装備など、生身のアイドルを前にしてはむなしいことに過ぎませんでしたが。

 

あまり性能の良くない双眼鏡で目的のかれを捉えたとき、わたしはたちまち知ってしまったのです。裕翔りんに肉体があることを、その肉体が生命を宿しているのだということを。否応無くその眼前の事実を、いままでずっと見て見ぬふりをしてきたその不可逆の事実を、理解させられてしまったのです。裕翔りんは、生きていました。24歳の男性がそこに在りました。聖典(神の神たる所以を述べたもの)を読むつもりで臨んだ場で、思いがけなく出あってしまった身体性へのショックゆえか、それとももともとの意識薄弱のせいか、どうもコンサートの記憶があいまいすぎていて、たった2日前のできごととは思えないほどです。

その霞のような時空間を内在化しようと矮小な頭を捻り、どうにか浮かびあがった最良の解は、「なるほどコンサートとはすなわち聖体拝領のための場ではないか。」という、良い歳をした大人の結論にしては、ほとんど悪ふざけのような厚顔無恥の思いつきでした。聖体拝領というのはキリスト教のミサで行われる儀式であり、贖い主イエス=キリストの肉たるパンと、血たるワインを信徒が口にすることによって、彼の犠牲と栄光に感謝するというものです(かつてほんのちょっと齧っただけの知識を漫然と披露)。

正しくキリスト教の信徒であられるかたにとっては噴飯もののこじつけで恐縮ですが、わたしがHey!Say!JUMPのコンサートにおいて行っていたこととは、まさしくこの聖体拝領ではありませんか!歌い、踊り、ドラムを叩き、ファンサをし、メンバーとじゃれ合い、惜しみなく笑顔をふりまく裕翔りんを、野鳥の会ごっこで追いかけ回すことは、裕翔りんの肉体を食らうことと同等です。そしてその行為によって、わたしは中島裕翔りんというアイドルの秘跡を与えられ、その輝きと翳りを尊び、また同時に、アイドルオタクの罪悪をあらためて心に刻むのです。贖い主たるアイドルがその肉体と生命を尽くして信徒たるオタクどもの罪を赦し、それぞれの人生を祝福してくれていることに感謝する儀式、それこそがアイドルのコンサートの本質であったのです。

さて、聖体拝領という儀式と、宗教画の鑑賞のあいだには、一見大きな隔たりがあるように思われますが、少なくともわたしの中ではそれら両者がむしろ同質なものであると、横暴にも結論づけないではいられません。繰り返すとわたしは信仰心がかけらもないためにこのようなことが言えるのですが、アイドルにとっては肉体もまたメディアにちがいないのです。肉体=聖体を媒介とした裕翔りんのイコンを目撃するという意味で、コンサートも茶の間活動もたいした差異はなく(むろん現場がオタクにとって特別な意義を持っていることは否定できませんが)、すべては引きこもりの茶の間がムクムクと膨らませていた誇大妄想にすぎませんでした。なぜなら、裕翔りんの肉体はほとばしるほど鮮烈に、くるおしいほど静謐に、このうえなく美しかったからです。裕翔りんの肉体は、わたしが自宅に居ながらにして幾度も出あってきた裕翔りんのままに、高雅で、清廉で、可憐で、崇高でありました。裕翔りんはその美しさをもってして、欲望ひしめくオタクどもの合間をなんども愛らしく軽やかに通り過ぎました。

ですから、これほどショッキングな3時間を経て、裕翔りんの身体性を認めてなお、わたしはいままでと同じ祈りをこれからも繰り返すことができます。それは(去年のお誕生日のブログで変化を予告したのにもかかわらず)、裕翔りんのことを好きになったときからずっと変わらない祈りです。裕翔りんがますます美しく、慕わしくなりなさることを、より多くの人からの愛を得、より深い優しさに満たされることを。神さまでもなく聖典でもなく、肉体を含めたあらゆるメディアに表出する裕翔りんの御姿、そのものに祈ります。

 

――まったく我ながら論理が破綻しているどころか、一体なにを意図して言おうとしているのか見失っているこの恥知らずぶり、ともかく正気でないことだけは確かなようですが。そのわけもわからぬ乱痴気騒ぎがまた倒錯的に楽しいので、結局のところ、わたしもジャニーズ現場の魔力に取り憑かれてしまった、それだけのことなのです。高みの見物を決め込んでいた茶の間が、事実と結論を繋ぐだけの長大な屁理屈をこねて、気の遠くなるような数のオタクどもの一員として迎え入れられるべき準備を整えた、ただそれだけのことだったのです。ようするに「ぶっちゃけ有頂天な日々送ってる」し、「時が経っても決して忘れないようにこの瞳でスクリーンショットしたい」し、しまいには「君にやっとたどり着いたスウィートアンサー(吐息多め)」というわけです。

あとは、これがきわめて困難な課題であるのですが、何度コンサートを見に行っても、かれのイコンをかれ自身だと見誤らないよう、オタクとしての研鑽を積まなければなりません。いやあるいはその前に、当選を呼び寄せるオタクとしての強運を身につけるべきなのでしょうか。オタク道とは果てなくままならぬものです。

絵画とアイドル1

エドゥアール・マネ《街の歌い手》に会いに行った。

わたしはお気に入りの秋色のネイルをして、いつもの三倍は念入りに化粧をして、グリーンとイエローのチェック柄の一張羅ワンピースを着た。
ジャニヲタは、自担に見られるためでなく、自担に相応しい女であるためにめかしこむのだという。とはいえ恥ずかしながらわたしはジャニーズ現場処女なのであるが、然もありなん。好きな絵画作品に会いに行くときは、うんとおしゃれをする。むろん、靴は歩きやすいもので。

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この画像を見ただけで、この作品が特別なものだと思う人は多くないだろう。あるいは、取り立てて優れた点のない地味な作品だと評すだろう。斯く言うわたしも、彼女のことを殊更に好きだとも思わなかった。マネはわたしにとって最も特別な画家だが、すべてのマネの作品がわたしにとって特別というわけではないし、彼女はマネの作品のなかでもとりわけ優れているというわけではない。それでも、『パリジェンヌ展』などという甘ったるくこっぱずかしい名の展覧会にわざわざ脚を運ぶだけの価値はあると確信してはいたのだが。

ビルの2フロアに渡る会場の、上の階にたどり着いてすぐに、彼女はすらりとあらわれた。
ああ、そのときのわたしの気持ちを、誰しもが理解すべきだとは到底思わない。それはおおよそ、迷妄といっていい。あるいはまるで恋だ。これはマネの作品を評するのに全く似つかわしくない寒々しい麗句にすぎないのだが、荘厳な宗教画を目にしたかのように彼女の前へ跪きそうになるのを、わたしはぐっと堪えなければならなかった。彼女があらわれたその衝撃に、ほのかな好意はすっかり塗り替えられてしまった。強い、強い情動が、わたしの穏やかな慕情をすっかり打ちのめしてしまった。
色選びのなんと都会的でしゃれたこと。レンガ色の壁に深い緑の扉、そこへ浮かび上がるグレーの素材違いのスカートとコート、覗く白のパニエとクリーム色の包み紙を差し色に、帽子とギターの鮮やかな黒が引き締める。グレーのコートにするすると何気なく引かれた黒の縁取りの、あまりに見事で清かなことよ!マネの作品に頻出するこのモデルの女性、ただでさえ黒目がちでどこか空ろな顔だちであるうえに、口元を艶やかなぶどうが覆い隠して、ますます意思を明らかにしない。怜悧な気位の高さ、憐れみ深い冷淡さ、高貴さと嘆息、心彷徨う憂い、あらゆる情感を内包し同時に拒絶しながら、視線を寄越す(しかし、決してこちらを見ない)。
こんなにも一枚の絵画から離れ難いと思ったことは、パリでマネの《オランピア》を見たとき以来だった。何度も行きつ戻りつしては、彼女のすみずみまで見逃すまいと目を凝らした。大学を出てからというもの、展覧会に通うのすら億劫になってしまったただの社会の歯車にも、こんな初々しい情緒が残っていたのかと驚くばかり。仮に彼女の前にソファが置いてあって、わたしが貧乏な日帰り旅人ではなかったならば、きっと一日中そこにいられただろうなんてくだらないロマンチシズムを爆発させてしまうほどに、彼女を愛してしまったのである。

交通費だけでも一万円弱。どうして大金を払ってまで本物を見る必要があるのかと、問う人がいるかもしれない。確かに、わたしは美しい正確な写真による画集を持っている。インターネットを除けば、肉眼で見るよりはるかに鮮明に作品の細部を観察することができる。……ほざけ!アイドルファンにとっては、尚更自明のことである。ドームの天井からは自担が米粒ほどにしか見えなくとも、DVDやBlu-rayでは得られないものがそこにあると知っているから、我々はチケット当落に騒ぎ立て、高額転売が蔓延るのだ。
どんなに遠くあこがれ、慕わしく思っていても、結局は本物を見つめてみなければ、それは無知と同然なのだ。だからわたしは、アイドルを好きになって数年は経つというのに、未だアイドルヲタクと名乗るに足らないファンのままである。ああ、相応しい女にならねば。即物的に着飾って自己満足するばかりでなく、わたしの愛するアイドルと絵画を見つめるのに、相応しい女にならねば。
 

ところで、後ろ髪を引かれつつ彼女と別れたわたしは次の目的地を目指した。アルベルト・ジャコメッティの展覧会が素晴らしいという話を聞いていたので、さらにそれが現代において最も美しい建築を設計する谷口吉生のハコでやるというのだから、なおさら訪れないわけにはいかない。さらに片道一時間ほどかけて、険しい坂を登りその美しい美術館に辿り着いたわたしは、文字通り、絶句した。
……ジャコメッティ展は一週間後から!

コツコツ研鑽を、積まなければならない、ならない。

24歳(なお、人間として)

中島裕翔りん、24歳のお誕生日おめでとうございます。
 
23歳のあなたもこれ以上ないほど美しくいらっしゃったのに、ますます日毎に美しくなりなさる裕翔りん。
裕翔りんにお会いして感謝の意を表すこともできぬ、無力な茶の間おたくのわたくしですので、裕翔りんにお似合いになると思う絵画作品をいくつか紹介することで、祝福を捧げることといたします。
 
 
フラ・アンジェリコ《受胎告知》

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なんと静謐で緊密な、美しい作品なのでしょう。大天使ガブリエルが聖母マリア処女懐胎を告げる、たいへんドラマチックな場面が、このうえなく優美に、それでいてこのうえなく気品に満ちたさまに描かれています。ふたりの居る空間は素朴で飾り気がないのですが、それなのにきわめて高貴かつ神聖な画面として完成されており、信仰もないのに思わず祈りを捧げたくなってしまうほどです。この均整の取れた、このうえなく繊細で上品な美しさを、裕翔りんと重ねることがあります。
 
 
ラファエロ・サンティ《大天使ミカエルと竜》
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大天使ミカエルが、竜=悪魔を打ち倒す場面を描いたものです。毅然とした表情で、それでいてどこか哀れむように禍々しい悪魔を見下ろす天使。決然として悪魔を踏みつけるさまの、容赦のないまでの正しさ。おぞましい情景のなかで、神のために剣を振るう、天使の立ち居の軽やかさといったら。裕翔りんの一貫した正義感もかくや、と考えるのです。
 
 
バーネット・ニューマン《ウリエル
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大天使ウリエルを主題に描かれた作品。ペール・ブルーの画面に、やわらかなこげ茶色が影を落とします。とても静かで、穏やかな色面です。快晴の空ほどには明るすぎず、曇り空ほどには濁らない、幸福にも悲哀にも染まらない光があります。裕翔りんの抱く水色のイメージを想起させます。『明日へのYELL』のすばらしいお衣装もこのような色合わせでありました。大天使ウリエルは天使から人間になったとされますから、裕翔りんにぴったりの作品です。
 
 
あら。お気づきになられましたでしょうか。
そうです、わたしが申し上げたいのは、裕翔りんはまるで天使のようだということなのです。
わたしは裕翔りんのファンの多くがそうするように、しばしば、裕翔りんのことを天使に喩えることがあります。でもそれは、裕翔りんが天使のように愛らしいから、という理由によってのみ言うものではなく、聖書に出てくる天使のすがたにとても似ていると感じるからなのです(もちろん言うまでもなく、裕翔りんは宇宙でいちばん愛らしいのですが)。
これらの絵画を見つめながら、裕翔りんの天使性に思いを馳せるいまこのとき、わたしは裕翔りんを祝福しているはずが、逆に裕翔りんに祝福されているかのようで、このうえなく幸福であります。
どうか24歳のあなたも美しく健やかでありますよう。わたしは祈ります。

 

死とアイドル

月曜日

私は帰宅するなりグースカと眠った。別段疲れていたわけでもないのだがたまらなく眠たかった。携帯の着信音で目が覚めた。午後9時。母は静かに、母方の祖母が亡くなったと告げた。寝ぼけた頭で「あら、そうなんだ」と返した。私は喪服を持っていないから、スーツで代用するという話をした。
電話を切り、手癖でツイッターを開いた。荒れていた。ハロー!プロジェクトの新体制についての動画が上がっていた。すぐに見た。カントリー・ガールズが本当に解体されてしまうのだという事実も、Juice=Juiceがオリジナルメンバーでなくなる衝撃も、森戸さんと譜久村さんの繊細な緊張感も。なにもかものやるせなさに唖然とした。アンジュルムのファンをやっている自分としては、あいあいを元のメンバーのままで待っていられないことが口惜しかった。それでもあやちょの神々しさすらある慈愛に包まれて、絶望はしなかった。衝動的な物言いを制御できる程度にはハローとの距離があった。
寝ぼけていたとはいえ、母に「あら、そうなんだ」などと言ってしまったことを後悔し始めていた。スマホで喪服について検索し、やはり新しく購入することにした。値段の相場を調べて顔が青ざめた。
 
火曜日
仕事終わりに汗だくで百貨店へ駆け込む。催事場でバーゲンをやっているとのことだったが、午後6時で終了していた。二軒目で勇気を振り絞りフォーマルウェアの売り場に入る。破滅的なコミュ障ゆえひとりで買い物をするのが本当に本当に苦手だ。増して喪服の良し悪しなど到底わからぬ。二着ぽっちを試着し、高い方は細すぎてパツパツだったので、6万ほどのアンサンブルと1万のバッグを購入。6万!この真っ黒なだけの服に6万!ボーナスが近くて助かった。店員と話すのもしどろもどろに、そそくさと帰宅。桃子さんのラストコンサートのライブビューイングにけないかもしれない、ということにやっと思い至る。
 
水曜日
テレ東音楽祭のためそそくさと帰宅。堂本の剛さんが一週間入院というニュースのほかは、極めて平和的に進行された。大型音楽番組になると、やはりベテラン勢の強みが光る。V6おじさんたちの容赦のないカッコよさに殴られた。SMAP解散後の世界で、中年アイドルたちはいったいどこへゴールを目指すのだろう。男性アイドルの終末のモデルケースを誰が作るのだろう。ジャニーズファン目下の懸念事案が改めて過る。
 
木曜日
どうやら桃子さんのライブビューイングに行くことができるだろうという見通しが立つ。ハロステを見るなどして、駆け込みで研鑽を積むつもりであったがたちまち寝落ちする。
 
金曜日
時間休を取得している私に先輩が「今からおばあちゃん家に行くの?」と心配してくださったが、「いいえ、ももちのライブを見てきます」と宣言してそそくさと職場を出る。
桃子さんのラストコンサートは完璧だった。無論、アイドルというのは完璧なだけが美しいものではない。誰もが承知している。それでも桃子さんは完璧を目指し、そして見事なまでに達成した。それを可能にしたのは桃子さん自身の輝かしく逞ましい、ダイヤモンドの如き意志であることは言うまでもないが、カントリー・ガールズのメンバーたちの献身ぶりは見事であった。カントリー・ガールズという場の愛と幸福の純度が高すぎてくらくらした。なんとなく勝手に、ももちイズムという言葉が独り歩きしているように感じていたが決してそうではない。カントリー・ガールズで、桃子さんの慈愛を受けて育った者にしか宿せない精神がたしかに彼女たちのなかに遺っていた。
ターミネーター2のラストシーンを思わせる幕引きで、自らの小指を折ることによって、桃子さんはアイドル嗣永桃子をまさに葬り去った。おしなべてアイドルのラストコンサートというものは葬列と同義であるが、桃子さんの最期はそれをいっそう強く印象付けた。ひとりの偉大なアイドルが死んだ。
私はといえば救いようがないことに、アイドルの世界に対して余所者で居なければならないという決意をさらに固くしていた。救いようがないほど臆病な人間なのだ。心を尽くして愛したアイドルがいつか死んでしまったときのことを想像すると、それだけで張り裂けそうに痛いのだ。それならば初めから好きになりすぎないほうが良いのだ。私はその方法を知っている。
 
土曜日
祖母の葬儀に出た。通夜も省略した、近しい親族だけの葬儀だった。本当に唐突な死だった。一人暮らしで家のことは全部自分でやっていた。誰よりも元気で足腰が強く、80を超えてもグアムでスキューバダイビングをするなどの破天荒ぶり。とびきり明るく矍鑠としていて、大雑把かつ几帳面だった。料理がとびきり上手で、どんなものも自己流においしく作ってくれた。合唱、ピアノ、茶道、華道、書道となんでも並大抵でない腕前だった。
たっぷりの花で飾られた祭壇を見て、なぜだかSMAPの最期の光景を重ねてしまう。SMAPの死は私たちアイドルファンに絶望をもたらした。しかしSMAPが死んでも、彼らの与えてくれたものが虚無になるわけではないということを、今となっては無条件に信じている。死の結末によって人生の価値を定めてはならない、という考えを心にうかべた。自宅で倒れているのを発見された祖母は実際のところ孤独死であったわけだが、だからといって祖母の人生を哀れなものだなんて言えるはずもない。祖母は幸福であった。だから私は必要以上に悲しむことはしなかった。ただ、祖母は苦しんだのだろうかと思うと涙が流れた。
従姉が自宅からハムスターを連れてきていた。あまりにかわいく愛おしいので飼いたいと思ったが、きっと飼うことはない。つくづく救いようがない。
 
日曜日
形見分けをした。仕立の良い着物類は全て並べるとまるで呉服店のようであったし、何度も賞を受けた緻密な書作品は装丁からこだわって美しいものばかりで、祖母の心豊かな生活ぶりに圧倒されるばかりだった。そしてそれらの品はもちろんのこと、食器やインテリアや果ては食べかけの食品の類に関してまで、なんでも競りにかけられ分配された。孫の中では祖母と最も疎遠であった私はその光景をぼうやり見ていたが、母の勧めで帯を一本(着物は背丈が合わなかった)、イヤリングを二組、シャネルのNo.5の小さな瓶、数珠などを得た。私以外の誰もが祖母の遺品をそばに置いておきたがった。それはひとえに祖母の人徳ゆえだった。
それでも、どうにもならないこともある。一人暮らしの祖母が亡くなったということは、祖母の家に暮らす人がいなくなったということだ。家をどうするか未だ決まっていないが、いずれにせよ取り壊さなければならないことは確実だった。実家をなくした母や、誰よりも祖母と近しくしていた兄の、茫然とした表情を見た。ただ物質的な家がなくなるということだけでなく、関東と中部と近畿と中国と、離れて暮らす親類たちの集まる空間と口実が、すっかり失われてしまうのである。
カントリー・ガールズの解体のことを想う。アイドル嗣永桃子の死とともに、カントリー・ガールズはほとんど決定的に失われてしまった。それも仕方なしにというわけでなく、大きな力の干渉によって無理に奪われてしまったのである。ひたむきな少女たちにとってなんと残酷な仕打ちだろう。どこへ居ても何年経っても、彼女たち5人にとって還るべき家はたったひとつだけだというのに。完璧な桃子さんの唯一にして最大の誤算であった。
帰阪し、ずっと心待ちにしていた関西ジャニーズJrのラジオを聴いた。大晴くんと晴太郎の初ラジオ。2人と道枝くんの会話はあまりに若くて、痛々しいほどにまぶしかった。でもそのきらめきだけでアイドルは生きてゆけないのだと、彼ら自身も知っている。関西ジャニーズJrは常に死を意識せざるをえない集団だ。こうして彼らの与える幸福に浸っている間にも、自分がいかに死ぬかということを考えている子が居るのだろう。
結局のところどんな屁理屈をこねたって、死に際が全てではないと悟っていたって、誰もがきっとすべて綺麗に死にたいと願っている。どうしようもなく。無謀に。願っているのに、それを完遂できるアイドルは、人間は、きっと宇宙のどこにも見当たらない。

拝啓、自担様(4) 溢れる涙は紙一重

拝啓、中島裕翔様。

 

さようなら、さようなら!

22歳のあなたがどんなに美しかったか、わたしはきっと生涯忘れ得ないでしょう。

 

(欠落している(3)については、どうかお察しください。)

 

あなたのことは、ジャニーズの世界に足を踏み入れて間もなく好きになりました。

両A面シングルだった『ウィークエンダー』と『明日へのYELL』が披露されたテレビ番組を見て、前者の良曲っぷりにすっかり虜になりヘビロテ、あまりの幼さにデビュー当時は嫌悪感すら抱いていた(とはいえ完全に同年代なのですが)Hey!Say!JUMPの成長っぷりに驚いて、メンバー全員の顔と名前を一致させるのに時間はかかりませんでした。

そして後者の曲で背の高い金髪の、ジャニーズらしからぬ垢抜けた青年がセンターにいるのを見て、なるほどこういう今っぽい軽めの洒落っ気のある子が推される時代なのかと感心した、その彼こそあなた、中島裕翔りんでした。やがて見かけたファンブログであなたが経てきた紆余曲折を知り、漏れなく胸を打たれました。そして、今どきの若者に見えたあなたがとても真面目で古風な性格で、とても育ちが良く上品で、普段は高雅な黒髪であることも知りました。物語性をふんだんに含んだアイドル楽曲に目がなく、そしてすこし浮世離れしたハンサムが大好物なわたしは、たちまち裕翔りんのことを好きになりました。

それからおおよそ半年、ジャニーズWESTを追いながらも、共演の機会も多かったHey!Say!JUMPと裕翔りんのことは常に気にかけ、応援していました。けれども、一番の推し、担当にしようなどという気持ちはまったくありませんでした。わたしのような根性のひねくれた人間の場合、裕翔りんのようなまっすぐ無条件に美しい王道アイドルのことを純粋な心持ちで愛でることはできないだろうと感じていたからで、裕翔りんの担当になること自体に憧れすら抱いていたその心境を「来世で自担にしたい」などという意味不明な言葉で表明するなどしていました。

 

けれども結果的に、わたしはとても来世まで待つことなんてできませんでした。

2015年の夏、Hey!Say!JUMPはV6とともに24時間テレビのメインパーソナリティーとなり、メンバーがとっかえひっかえ番宣に出演していました。この時期WESTの活動がめっきり無かったことから、この夏はJUMPに楽しませてもらおうと決めて彼らの仕事を追っていました。見るたびに裕翔りんとJUMPのことが好きになり、やっぱりたまには王道アイドルも新鮮で楽しいなあ、なんて悠長に考えていた、その矢先のことです。

2015年8月16日放送の「おしゃれイズム」に裕翔りんが出演しました。そのときには録画しながらリアルタイムで番組を見るほどには既に裕翔りんを好きになっていましたが、その期待をすっかり打ちのめすほど、この番組には裕翔りんの魅力がこれでもかと惜しげもなく、かつ優しくみずみずしく詰め込まれていました。裕翔りんは山田さんからのリークを受けて、愉快なカメラマンさんのモノマネを披露しました。カメラマンさんの普段のクールな様子と、アイドルらしい写真を撮るときのハチャメチャなテンションのギャップを演じわけ、そのモノマネが(珍しく)うけて、嬉しそうに椅子に座りなおす、そのわずか10数秒のできごとを見たわたしは、覚悟を決めざるを得ませんでした。今、この人の美しさを見逃してはならないという強い確信がそこにありました。

そんな22歳になったばかりのあなた、わたしのような人間が愛するにはもったいないほどに美しく、可憐で、清廉なあなたにすっかり惚れこんでから、ほどなく1年が経とうとしています。

 

あなたのお顔が好きです。

日毎に美しくなりなさる、その美貌のすばらしさを挙げるならきりがなく、なにかに例えるとするならわたしのことばではとても足りません。清らかで端麗な造形は常にもの思いを含ませ、それでいてきっぱりと変化する表情の強烈な陽、その対比のみごとなことといったら!これはネットでお見かけしたことばの受け売りですが、わたしは裕翔りんのお顔が好きであること以上に、裕翔りんのお顔が美しいこと、それが多くの人に称賛されることをなによりも愛しています。ひと目見れば裕翔りんの性質を知ることができるその普遍的かつ奇跡的な優美が、中島裕翔というアイドルの盾となり矛となって世界と戦い、すこしずつですが勝利を収めていく今このときを、同じ時代に生き目撃できることに感謝してやみません。

 

あなたの歌声が好きです。

はじめて『明日へのYELL』のソロパートを聴いたとき、大好きな藤井隆さんの歌声に似ていると思いました。実際はわたしの欲目であってそう似ているというわけでもないのですが、あまり技巧的でないまっすぐな歌唱、ややかすれた柔らかくマットな声質、素直で淡泊な発音などが共通しています。それらは今までわたしがその歌声を愛してきた人たち(堂珍嘉邦堀込泰行中間淳太ら)にも一貫している特徴であり、わたしが男性の歌声に対して持っている強迫的なフェチズムなのですが。裕翔りんの歌唱はこの1年の間にもみるみる成長していますが、歌声のはらむ育ちの良さ、上品さは変わらないままで、とても嬉しく感じています。

 

あなたの物語が好きです。

圧倒的エリートとして過ごしたジュニア時代、デビュー2曲目に突然センターを降ろされてからの6年にもわたる不遇、多感な思春期における不器用で繊細な情動、苦悩のなかで見出した活路、メンバーとの確執と和解とその狭間。アイドルファンなら誰もが涙せずにいられないその物語は、2014年の鮮やかなるセンターへの返り咲きによって完結しました。それは同時にHey!Say!JUMPというグループの、長い長い第1章の終わりでもありました。

絵画史を学んでいたことがあるので、ついつい考えてしまうことなのですが、アイドルアイドルを愛でることはまるで絵画を鑑賞する態度とそっくり同じです。

絵画は(ひいては、あらゆる分野の芸術は)、その物質としての表面のみを見てももちろんじゅうぶんに楽しむことができます。しかしながら、その絵画の持つ物語――画家の人生、歴史的背景、モチーフの意義、周辺画家との関わり、着想源、手法的な特徴といった要素たち――を理解することで、その絵画の魅力をより多面的に評価できるようになるのです(無論それも芸術鑑賞の手段のひとつに過ぎませんが)。そして、わたしたちがけっして知り得ぬ真実への誘惑と、それをめぐって繰り広げられる不毛で愉快な議論それ自体の喜び苦しみもまた、アイドルに絵画性を感じる理由です。

そう、わたしが裕翔りんを好きになったのは、新たに第2章がはじまってからのことです。山田涼介と中島裕翔の緊張関係という支配軸を失ったHey!Say!JUMPは、新たな物語を紡ぎ始めました。――しかしながら、22歳の裕翔りんを愛していたとき、わたしの頭の中にあなたの過去のことはほとんど去来しませんでした。そう、あの『ピンクとグレー』のときですら。わたしはこの1年間、あなたの物語を常に心に留めつつも、あなたという絵画に相対するときには、表面的な美しさにほとんど集中することにしていました(不完全ではありますが、なるべくそうしました)。

わたしがそのような方法で鑑賞したいと考えてきた画家のひとりが、わたしがこの世でいちばん愛する画家、エドゥアール・マネです。裕翔りんのことを見つめるとき、マネの作品に想いを馳せることがしばしばあります。近代絵画の父と呼ばれる彼は、その意味で歴史的英雄ではありますが、彼自身が描く作品はきわめて上品な感性によってヒロイズムが抑制されており、それこそが彼の生みだした新しい美のかたちでありました。

随分話が逸れてしまいましたが、ともかくわたしはこの1年間、あなたというジャニーズ内でも非常に強烈な物語性アイドルを、つとめて非物語的な方法で鑑賞してきたのです。それはとても新鮮な体験で、おそらくあなたの過去にも未来にもない、貴重な期間であったのだと思います。22歳のあなたを見逃してはならないと直感したのは、結果的にではありますが、正しかったと今になって断言できます。しかし今のわたしは同時に、その季節の終わりを意識せずにいられません。まだ見当はつきませんが、わたしがあなたを鑑賞する態度を変えなければならない日は、そう遠くないことを予感しています。

 

さて、マネがその作品に表出させた絵画の近代性はもうひとつあり、それは「理想的な表現だけが美しさではない」とする考えかたでした。

それに準ずるというわけでもありませんが、わたしはあなたに、中島裕翔というアイドルに、こうあってほしいという理想を願うことはきっとないでしょう。わたしの身勝手でわがままな理想など、あなたの抱く大いなる美を前にしては、なんの意味も持ちませんから。

あなたがどんなアイドルであろうと、なにを考え、なにを表現しようと、わたしはただ祈るのみです。あなたが変わらず、ますます美しいことを、そして、あなたの美しさがより多くの人に祝福されることを、あなたのことを思うたびに祈ります。わたしにとっては、その敬虔な祈りこそが、あなたへの残酷な欲望そのものなのです。

 

はじめまして、ありがとう。

23歳のあなたが美しくあらんことを。

 

 

かしこ

「光を抱きしめて」なお慕わしいあなたのファンより