拝啓、永久のお姫さま ◇ 私の本当の意味を知りたい

 

自担と呼ぶのもおそれ多い。

ただ今まで出会った誰よりも、特別な女の子でした。

 

 


高校時代をほとんどCHEMISTRYに捧げたわたしは、大学に入り、実家を出てまもなく彼らから離れ、すっかりネット世界の住人になりました。家族の目を気にせずアニメ三昧、二次創作作品を読み漁り、ときおり文章をとっ散らかす日々。

いっぽう音楽方面では、CHEMISTRYと関わりのあった冨田ラボから辿って、ようやくほんのすこしだけ許容範囲を広げます。とりわけキリンジの音楽世界に傾倒していました。


以前の記事で触れたように、キリンジSMAPに曲提供していたことや、名曲『Sexy.Honey.Bunny!』にハマったことがきっかけでアイドル音楽を少し見直したところがありましたが、依然としてアイドル文化そのものに対しての興味はほぼありませんでした。

 

 

あの夏、2014年の夏。わたしはツイッターのフォロワーさんを介して「スターバースト!」というヴァーチャルアイドル企画に注目し始めました。

16人のキャラクターがアイドル候補生として、ファンからの人気投票によりデビューを争うもの。まるでリアルタイムに活動を行っているかのようなツイートを発信することで、アイドルたちの成長や変化に感情移入させる点では、「うたの☆プリンスさまっ♪」のツイッター活動(いわゆる「プリツイ」)の後追いで生まれた多くのヴァーチャルアイドルコンテンツのひとつでした。ただこのコンテンツで特徴的だったのは、規模の小さい手作り感からくる妙に三次元的な生々しさで、そのせいかファンのツイッターやブログを追ってゆくと、リアルアイドルと比較した言論がとても目立ちました。(ちなみに佐藤勝利さんのお名前なども「スターバースト!」ファンのブログで知りました。)

 

 

そして、あの日。

2014年8月2日未明のことです。

 

わたしは実家のベッドに横たわりながら「イナズマイレブン」などで繋がった大好きなフォロワーさんと、アイドルについてのツイートを交わしていました。

このフォロワーさんはかねてからBerryz工房の大ファンで、わたしはそのことをよく知っていたので、ここぞとばかりに「スターバースト!」で得た浅はかすぎるアイドル理論を口にしていました。彼女はリアルアイドルの儚さや残酷さについて、優しく諭すようにお話しくださったと記憶しています。

まさかその夜が明けたら、Berryz工房の無期限活動休止が発表されるとも知らず。

 

フォロワーさんの落ち込みっぷりは心に迫るものがありました。わたしはもちろん「イナズマイレブン」で彼女たちの曲を知っていて、アニメの荒唐無稽さとマッチした熱くてトンチキな曲たちはとても好きでしたが、当時ちょうど絶賛ギャル期であった彼女たち自身への興味はまるでありませんでした。しかし、わたしはそのフォロワーさんのセンスをとても信頼していましたから、その人がこんなにも入れ込むグループとは、いったいどういうアイドルなのだろうと、Youtubeを開きました。

あなたがたのことを最初どう感じていたのか、あまり正確な記憶がありませんが、驚いたのは、歌が上手いこと。容姿が華やかで個性的なこと。楽曲が魅力的なこと。

たしか最初に見たMVは『Rockエロティック』で、熊井ちゃんの男役の似合いっぷりと、雅ちゃんの華やかな艶に惹かれました。次の動画をクリックする手が止まりませんでした。『1億3千万総ダイエット王国』でつんく楽曲の真髄を見せつけられ、『cha cha SING』でアイドルを見る多幸感というものに気づき、『あなたなしでは生きてゆけない』で変態的なエモさに涙し、『ロマンスを語って』で愛に満ちた優しすぎる幕引きに嗚咽しました。

就職がようやく決まり、なんとなく社会に出ることが憂鬱なモラトリアム期末、同年代の彼女たちの圧倒的な「強さ」に、あっというまに惹きこまれてゆきました。

 

 

かつてのわたしのような、アイドル文化と疎遠な人種がたいてい抱いているのは、「どうしてアイドルという職業を特別に思うのだろう」という疑念だろうと思われます。歌だってダンスだって、いくら上達しても専業のプロフェッショナルには敵いません。顔だって、整っていて万人受けするという点で見れば俳優だったりモデルのような職業の人たちのほうがずっと平均値が高いでしょう。一流のシンガーソングライターや声優にも、顔の綺麗さに人気を後押しされる人は珍しくありません。さらにいえば二次元キャラクターの見た目や性格は人工物ですから、より完璧に人の理想に沿うことが容易です。それでもなお、生身のアイドルがとても多くの人の心を掴むのが、ずっと不思議で、不可解なことでした。その真理のひとつを、Berryz工房はわたしに啓示してくださいました。

それは「物語と音楽の融合」。あまりに初歩的ですが、アイドル文化弱者(たるわたし)は、このあたりまえのことにすら気がついていないものなのです。

あんなにも幼くして芸能界にひきずり込まれた頼りなげな少女たちが、青春のすべてをアイドルに捧げ、わがままにマイペースににぎやかに、ついにはそれぞれ個性的ながらも美しく強く成長していく、予測不可能な、一度きりの、ただひとつの物語。ひとりひとりに寄り添いながらも唯一の感性で伝えてくれる、なおかつアイドルという存在にしか表現しえない、つんく♂さんのすばらしい楽曲群。それらの融合(あるいは反発)によって生まれる、奇跡的としか言いようのない輝きこそがBerryz工房の、ハロー!プロジェクトの、ひいてはアイドルというコンテンツの本質的な魅力だったのだと。

 

 

そんなBerryz工房の物語と音楽を象徴する存在、それが最年少センターである菅谷梨沙子ちゃんでした。デビュー当時9歳ですでにお人形さんのように完成されたかわいらしさはそのままに、お化粧や髪型は、しだいに自分らしく、王道アイドルらしからぬ現代性とはでやかさを追求してゆきました。ハスキーで素朴な歌声は、やがてハロプロで最もソウルフルな低音へと進化してゆきました。

正直なところ、わたしが梨沙子ちゃんについて語れるのはこれくらいの表面的なもので、ちっとも梨沙子ちゃんのことを知りません。梨沙子ちゃんがどういう性格なのか。なにが好きなのか。なにを信念としているのか。ラストコンサートの最後の挨拶で「全部投げ出してどこかへいってしまいたいと思ったこともいっぱいありました。」と言った梨沙子ちゃんが、こんなにも長い間、どんな気持ちでアイドルを続けていたのか、なんて。

 

それでもわたしが梨沙子ちゃんを特別だと思うのは、梨沙子ちゃんが特別にかわいらしい、みんなに愛されるべきお姫さまだっただけではなく、勝手に押しつけられる枠組みのなかで苦しみながらも、どこまでも自分を高め、自分の信じるものをまっすぐに表現していく、勇気あるお姫さまだったからです。それは、梨沙子ちゃんのことを知らなくても、梨沙子ちゃんの歌い踊る姿を見ていれば、梨沙子ちゃんのお化粧や髪形を見ていれば、誰でもすぐにわかることです。姿かたちとパフォーマンスのみによって物語を語り得ること、それがアイドル菅谷梨沙子ちゃんの才能であり、努力であり、とてもとても特別な理由なのです。

不器用で繊細で優しい女の子が、全部投げ出したくなるほどのさまざまな理不尽と10年以上も戦い続け、ついには勝利を得る。『愛はいつも君の中に』で「さあ笑え いざ挑め」と、誇らしげな笑みを湛えてセンターに君臨する梨沙子ちゃんが、とてもとても好きでした。

 

 

こうして、20代にもなってやっとアイドルの魅力というものを理解できたわたしは同時に、アイドルファンという存在のあまりの残酷さに、深く深く絶望しました。長きにわたって生命ある人間の(とりわけ美しい人たちの)人生を浪費させ、その肉体と精神を削らせてなお、一方的かつ身勝手な言動のもとに晒し続ける、その生々しい無限の欲望。でも、その罪深さに気がついたときには、わたしはもうとっくに抜け出せないところにいました。だって、世界が残酷なほど、わたしたちの欲望が醜く執念深いほど、アイドルたちは強く美しく、輝いて見えるものだということを知ってしまったからです!ほかでもないBerryz工房と、梨沙子ちゃんによって!

 

アイドルという文化の見方すらわからなかったわたしに、アイドルの魅力も楽しさも恐ろしさも、まさしくアイドルのすべてを教えてくれたのが、Berryz工房菅谷梨沙子ちゃんでした。ほんのわずかでも、彼女たちがアイドルしている時間を目撃できたことは、わたしの大切な宝物です。無期限活動休止したBerryz工房は永久の夢となって、いつまでもわたしたちを魅了し続けてくれます。

けれど、Berryz工房の時間が止まっても、ひとりひとりの女の子たちの物語はずっと続いています。最近では梨沙子ちゃんも、SNSでの活動を再開してくれましたね。いつかまた、永久のお姫さまが、音楽の世界に戻ってきてくださる日を楽しみに生きています。

 

かしこ

「初恋を最後の恋と」した、あなたのファンより