拝啓、自担様(4) 溢れる涙は紙一重

拝啓、中島裕翔様。

 

さようなら、さようなら!

22歳のあなたがどんなに美しかったか、わたしはきっと生涯忘れ得ないでしょう。

 

(欠落している(3)については、どうかお察しください。)

 

あなたのことは、ジャニーズの世界に足を踏み入れて間もなく好きになりました。

両A面シングルだった『ウィークエンダー』と『明日へのYELL』が披露されたテレビ番組を見て、前者の良曲っぷりにすっかり虜になりヘビロテ、あまりの幼さにデビュー当時は嫌悪感すら抱いていた(とはいえ完全に同年代なのですが)Hey!Say!JUMPの成長っぷりに驚いて、メンバー全員の顔と名前を一致させるのに時間はかかりませんでした。

そして後者の曲で背の高い金髪の、ジャニーズらしからぬ垢抜けた青年がセンターにいるのを見て、なるほどこういう今っぽい軽めの洒落っ気のある子が推される時代なのかと感心した、その彼こそあなた、中島裕翔りんでした。やがて見かけたファンブログであなたが経てきた紆余曲折を知り、漏れなく胸を打たれました。そして、今どきの若者に見えたあなたがとても真面目で古風な性格で、とても育ちが良く上品で、普段は高雅な黒髪であることも知りました。物語性をふんだんに含んだアイドル楽曲に目がなく、そしてすこし浮世離れしたハンサムが大好物なわたしは、たちまち裕翔りんのことを好きになりました。

それからおおよそ半年、ジャニーズWESTを追いながらも、共演の機会も多かったHey!Say!JUMPと裕翔りんのことは常に気にかけ、応援していました。けれども、一番の推し、担当にしようなどという気持ちはまったくありませんでした。わたしのような根性のひねくれた人間の場合、裕翔りんのようなまっすぐ無条件に美しい王道アイドルのことを純粋な心持ちで愛でることはできないだろうと感じていたからで、裕翔りんの担当になること自体に憧れすら抱いていたその心境を「来世で自担にしたい」などという意味不明な言葉で表明するなどしていました。

 

けれども結果的に、わたしはとても来世まで待つことなんてできませんでした。

2015年の夏、Hey!Say!JUMPはV6とともに24時間テレビのメインパーソナリティーとなり、メンバーがとっかえひっかえ番宣に出演していました。この時期WESTの活動がめっきり無かったことから、この夏はJUMPに楽しませてもらおうと決めて彼らの仕事を追っていました。見るたびに裕翔りんとJUMPのことが好きになり、やっぱりたまには王道アイドルも新鮮で楽しいなあ、なんて悠長に考えていた、その矢先のことです。

2015年8月16日放送の「おしゃれイズム」に裕翔りんが出演しました。そのときには録画しながらリアルタイムで番組を見るほどには既に裕翔りんを好きになっていましたが、その期待をすっかり打ちのめすほど、この番組には裕翔りんの魅力がこれでもかと惜しげもなく、かつ優しくみずみずしく詰め込まれていました。裕翔りんは山田さんからのリークを受けて、愉快なカメラマンさんのモノマネを披露しました。カメラマンさんの普段のクールな様子と、アイドルらしい写真を撮るときのハチャメチャなテンションのギャップを演じわけ、そのモノマネが(珍しく)うけて、嬉しそうに椅子に座りなおす、そのわずか10数秒のできごとを見たわたしは、覚悟を決めざるを得ませんでした。今、この人の美しさを見逃してはならないという強い確信がそこにありました。

そんな22歳になったばかりのあなた、わたしのような人間が愛するにはもったいないほどに美しく、可憐で、清廉なあなたにすっかり惚れこんでから、ほどなく1年が経とうとしています。

 

あなたのお顔が好きです。

日毎に美しくなりなさる、その美貌のすばらしさを挙げるならきりがなく、なにかに例えるとするならわたしのことばではとても足りません。清らかで端麗な造形は常にもの思いを含ませ、それでいてきっぱりと変化する表情の強烈な陽、その対比のみごとなことといったら!これはネットでお見かけしたことばの受け売りですが、わたしは裕翔りんのお顔が好きであること以上に、裕翔りんのお顔が美しいこと、それが多くの人に称賛されることをなによりも愛しています。ひと目見れば裕翔りんの性質を知ることができるその普遍的かつ奇跡的な優美が、中島裕翔というアイドルの盾となり矛となって世界と戦い、すこしずつですが勝利を収めていく今このときを、同じ時代に生き目撃できることに感謝してやみません。

 

あなたの歌声が好きです。

はじめて『明日へのYELL』のソロパートを聴いたとき、大好きな藤井隆さんの歌声に似ていると思いました。実際はわたしの欲目であってそう似ているというわけでもないのですが、あまり技巧的でないまっすぐな歌唱、ややかすれた柔らかくマットな声質、素直で淡泊な発音などが共通しています。それらは今までわたしがその歌声を愛してきた人たち(堂珍嘉邦堀込泰行中間淳太ら)にも一貫している特徴であり、わたしが男性の歌声に対して持っている強迫的なフェチズムなのですが。裕翔りんの歌唱はこの1年の間にもみるみる成長していますが、歌声のはらむ育ちの良さ、上品さは変わらないままで、とても嬉しく感じています。

 

あなたの物語が好きです。

圧倒的エリートとして過ごしたジュニア時代、デビュー2曲目に突然センターを降ろされてからの6年にもわたる不遇、多感な思春期における不器用で繊細な情動、苦悩のなかで見出した活路、メンバーとの確執と和解とその狭間。アイドルファンなら誰もが涙せずにいられないその物語は、2014年の鮮やかなるセンターへの返り咲きによって完結しました。それは同時にHey!Say!JUMPというグループの、長い長い第1章の終わりでもありました。

絵画史を学んでいたことがあるので、ついつい考えてしまうことなのですが、アイドルアイドルを愛でることはまるで絵画を鑑賞する態度とそっくり同じです。

絵画は(ひいては、あらゆる分野の芸術は)、その物質としての表面のみを見てももちろんじゅうぶんに楽しむことができます。しかしながら、その絵画の持つ物語――画家の人生、歴史的背景、モチーフの意義、周辺画家との関わり、着想源、手法的な特徴といった要素たち――を理解することで、その絵画の魅力をより多面的に評価できるようになるのです(無論それも芸術鑑賞の手段のひとつに過ぎませんが)。そして、わたしたちがけっして知り得ぬ真実への誘惑と、それをめぐって繰り広げられる不毛で愉快な議論それ自体の喜び苦しみもまた、アイドルに絵画性を感じる理由です。

そう、わたしが裕翔りんを好きになったのは、新たに第2章がはじまってからのことです。山田涼介と中島裕翔の緊張関係という支配軸を失ったHey!Say!JUMPは、新たな物語を紡ぎ始めました。――しかしながら、22歳の裕翔りんを愛していたとき、わたしの頭の中にあなたの過去のことはほとんど去来しませんでした。そう、あの『ピンクとグレー』のときですら。わたしはこの1年間、あなたの物語を常に心に留めつつも、あなたという絵画に相対するときには、表面的な美しさにほとんど集中することにしていました(不完全ではありますが、なるべくそうしました)。

わたしがそのような方法で鑑賞したいと考えてきた画家のひとりが、わたしがこの世でいちばん愛する画家、エドゥアール・マネです。裕翔りんのことを見つめるとき、マネの作品に想いを馳せることがしばしばあります。近代絵画の父と呼ばれる彼は、その意味で歴史的英雄ではありますが、彼自身が描く作品はきわめて上品な感性によってヒロイズムが抑制されており、それこそが彼の生みだした新しい美のかたちでありました。

随分話が逸れてしまいましたが、ともかくわたしはこの1年間、あなたというジャニーズ内でも非常に強烈な物語性アイドルを、つとめて非物語的な方法で鑑賞してきたのです。それはとても新鮮な体験で、おそらくあなたの過去にも未来にもない、貴重な期間であったのだと思います。22歳のあなたを見逃してはならないと直感したのは、結果的にではありますが、正しかったと今になって断言できます。しかし今のわたしは同時に、その季節の終わりを意識せずにいられません。まだ見当はつきませんが、わたしがあなたを鑑賞する態度を変えなければならない日は、そう遠くないことを予感しています。

 

さて、マネがその作品に表出させた絵画の近代性はもうひとつあり、それは「理想的な表現だけが美しさではない」とする考えかたでした。

それに準ずるというわけでもありませんが、わたしはあなたに、中島裕翔というアイドルに、こうあってほしいという理想を願うことはきっとないでしょう。わたしの身勝手でわがままな理想など、あなたの抱く大いなる美を前にしては、なんの意味も持ちませんから。

あなたがどんなアイドルであろうと、なにを考え、なにを表現しようと、わたしはただ祈るのみです。あなたが変わらず、ますます美しいことを、そして、あなたの美しさがより多くの人に祝福されることを、あなたのことを思うたびに祈ります。わたしにとっては、その敬虔な祈りこそが、あなたへの残酷な欲望そのものなのです。

 

はじめまして、ありがとう。

23歳のあなたが美しくあらんことを。

 

 

かしこ

「光を抱きしめて」なお慕わしいあなたのファンより